BtoB製造業では、営業担当者がお客さまを訪ね、個別に説明し、信頼関係を築きながら売上を伸ばしてきました。長年そうしたやり方で成果を上げてきたからこそ、Webやデジタルを使った情報発信を取り入れていくのは簡単ではありません。
一方で、顧客の情報収集の仕方は変わり、Web上で製品や企業を調べ、比較することは当たり前になりつつあります。企業はこれまでの成功体験を生かしながら、新しい顧客接点をどうつくっていけばよいのでしょうか。
本連載では、『BtoB製造業のコミュニケーション革命』の著者であり、イントリックス株式会社代表取締役社長の氣賀崇氏と、Business Architects(ビジネス・アーキテクツ、以下BA)のシニアコンサルタントである新山佳世子がBtoB製造業のコミュニケーションについて全5回で考えます。第1回では、BtoB製造業の情報発信がなぜ進みにくいのか、誰が旗振り役を担うのか、外部パートナーをどう活用するのかをテーマにお話を伺いました。

インタビューを受けた人
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- 氣賀 崇様代表取締役社長(イントリックス株式会社)
1971年12月山口生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、ブラウン・ブラザーズ・ハリマン入社。ニューヨーク本社の国際株式投資部にて、日本及びアジア株のアナリストを務める。海外のインターネットビジネスへの投資に携わった後の2000年、サイエント株式会社に入社。デジタル戦略の策定やグローバルWebサイト群の再構築支援に従事。2009年、BtoB企業のデジタルコミュニケーションに特化したイントリックス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。以来、「俯瞰」「長期視点」をキーワードに、素材・部品から機械・装置メーカーまで様々なBtoB製造業の支援を続けている。
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- 新山 佳世子デジタル戦略部/事業部長(ビジネス・アーキテクツ)
事業会社にてWeb部門立ち上げ、Webサイト制作会社にてインフォメーションアーキテクトを経験。国内大企業、グローバル企業の大規模プロジェクトを手がけた後、シニアコンサルタント、コミュニケーションプランナー、プロジェクトマネージャーとして、プロジェクト全体を牽引。2025年ビジネス・アーキ テクツへジョイン。
「出していいのに、出していない情報」がたくさんある
まず、お二人にお伺いします。BtoB製造業の情報発信について、現状をどのように捉えていますか。
氣賀氏:少しずつ「自社の情報を発信しなければ」という方向に変わってきているのは間違いありません。ただ、日本のBtoB製造業では、長い間、日本人の控えめな国民性もあって、積極的に情報発信をせずともビジネスが成り立ってきました。
特定のお客さまと継続的な関係を築き、求められたものをきちんと開発し、納期や品質を守る。そうやって信頼を積み重ねることで売れてきたわけです。だから、いきなり「これからは情報発信が重要です!」と言われても、すぐには変われませんよね。
これは「DX」も同じだと思っています。製品設計や製造、物流といったデジタル化は経営テーマとして扱われやすいのですが、対外的なコミュニケーションのデジタル化は、まだ優先順位が低いのではないかと感じています。

新山:私も氣賀さんと同じ意見です。突然「情報発信をしてください」と言われても、長年そのやり方で成功してきた企業ほど、対応するのは難しいだろうと感じます。営業担当者が長年にわたって顧客のもとへ足を運び、人間関係を築くことで受注する。このやり方で成果が出ていれば、「なぜ変える必要があるのか」となるのは自然ですよね。
ただ、顧客側は変わっています。特にコロナ禍前後から、若手や中堅のエンジニア、購買担当者は、Webで情報を集め、比較検討することが当たり前になっています。これまで接点のなかった海外企業から、Webを通じて突然問い合わせが来ることもあります。
デジタルを活用すれば、これまで接点を持てなかった企業ともつながれる時代です。そうした顧客側の変化に、日本のBtoB製造業が十分対応できていないことには危機感を持っています。
なるほど。これまでの営業のやり方で成果を上げてきたことが、情報発信が進みにくい大きな背景にあるわけですね。では、企業文化や社内の仕組みという面では、どんな要因があるのでしょうか。
氣賀氏:根本には、日本特有の「出さない文化」があると思います。「阿吽の呼吸」や「以心伝心」「一を聞いて十を知る」など、言葉にしなくても伝わることを良しとする表現が日本には多いですよね。逆に、あまり語りすぎると「うるさい」と思われてしまう。そうした文化的な背景があるのだと思います。
加えて、企業の評価制度も影響しています。情報を出さなくても「なぜ出さなかったんだ」と問題になることは少ない一方で、出してトラブルになれば責任を問われる。そう考えると、「出さない」ことが合理的な選択になってしまいますよね。
より本質的なのは、情報発信の担当者自身が、その情報にどれだけ価値があるのかを十分には理解していないケースがあることです。価値があると確信していれば、「これはお客さまに知ってもらった方がいい」となるはずです。
逆に、価値を十分に理解していないまま情報発信が業務化してしまうと、誰も反対しない当たり障りのない情報ばかりが選ばれがちです。もちろん機密情報は出せませんが、秘密を漏らさない範囲で「この会社は違う」と思ってもらえるところまで、どこまで踏み込めるか。その境界線を考えることが大切です。
新山:実際にBtoB企業で社内ヒアリングをしていると、「競合に真似をされると困る」「機密情報だから」と、情報を出すことに慎重な声を聞くことがあります。ただ、理由を詳しく伺っていくと、「過去に前例がない」「関係する部門のキーパーソンへの配慮が必要」といった社内事情が背景にあることも多いんです。
そんな時はまず、その情報を出すか出さないかはいったん脇に置いて、社内にどんな情報があるのかをリストアップすることから始めましょう、と伝えます。
そのうえで、広く公開するハードルが高ければ、メルマガや会員限定サイトなどの限定公開で、小さな範囲から試してみる。そこで取引先の方から「送ってもらった情報、業務で役に立ちました」「ちょうど知りたかったタイミングでした」といった反応が営業担当者や情報発信の担当者に届くと、社内の空気が一気に変わることもありますね。
BtoB製造業の情報発信、旗振り役は誰か
書籍で、会社そのものを理解してもらうためのコーポレートコミュニケーション(CC)と、製品・サービスを売るためのマーケティングコミュニケーション(MC)を分けて考えています。BtoB製造業では、この2つで情報発信の進み方に違いはありますか?
氣賀氏:ありますね。私が携わってきたプロジェクトも、これまでの主流はCC系の仕事でした。CC部門は、対外的な情報発信そのものがミッションなので、デジタルコミュニケーションの重要性が比較的理解されやすいんです。
一方で、MCはあくまで「売ること」が目的で、コミュニケーションはそのための手段のひとつに過ぎません。特に日本のBtoB製造業では、直接会いに行って足で稼ぐというやり方で成果を上げてきましたから、CCと比べると、デジタルコミュニケーションの重要性への理解にはまだ差があるのだと思います。
そうすると、情報発信を強化していくには、CCだけ、MCだけでは完結しませんよね。広報、マーケティング、営業、事業部門など、複数の部門が関わる中で、こうした取り組みは誰が旗を振るのがよいのでしょうか。
氣賀氏:全社を俯瞰するという観点で、コーポレートコミュニケーション(CC)系の部署が担うという考え方もあるにはあります。
ただ、CCの視点だけでは、企業として多くの人が賛同しやすいメッセージに偏り、製品やサービスの価値を具体的に伝えるところまで踏み込めないことが多いんです。だからこそ、CCが旗を振りながら各事業部から人を出してもらい、混成チームをつくる形が重要だと思います。
新山:私がこれまで関わってきた企業では、むしろ事業部発で進むプロジェクトに成功例が多い印象です。定性的な話になりますが、「やる気のある人」の存在が鍵だと思っています。ここでいう「やる気」とは、単に熱意があるということだけでなく、自社の課題やプロジェクトに真摯に向き合い、自分ごととして前に進めようとする姿勢のことです。
自社の未来を考え、「このままではまずい」「何か変えたい」と感じているキーマンが、社内にいることが多いんです。そうした方を中心にプロジェクトを進めるとうまくいくことが多いですね。
実際の支援でも、「このテーマに本気で向き合いたい方に参加してもらいたい」とお伝えすることがあります。最初は少し驚かれることもありますが、そうすると、所属部署や役職にかかわらず、自分ごととして取り組める方が集まってきます。結果として、プロジェクトが前に進みやすくなると感じています。
氣賀氏:おっしゃるとおりですね。結局、どの部署が担うかというのは、ある意味で器の話にすぎないんですよね。最後は、そのテーマを自分ごととして捉え、前に進めようとする人がいるかどうかに尽きますね。
自社で足りない専門性は、社外のプロフェッショナルに頼ることもできます。大事なのは、自社の価値を伝えるという目的に向けて、全体を見ながら必要な専門家をつなぎ、目的に沿った方向へ導いていくディレクション力だと思います。

外部パートナーを「横串」としてどう活かすか
複数の部門が関わると、社内だけで意見をまとめるのが難しいこともあります。そうしたとき、外部パートナーはどんな役割を担えるのでしょうか。
氣賀氏:同じ会社でも、部門が違えばお互いに初対面ということはよくあります。私たちとの打ち合わせでも、同じ会社の人同士で名刺交換から始まる場面に出くわすことも珍しくありません。そうした人たちをつなぎ、各部門が持っている情報や問題を共有できる場をつくるだけでも、大きな意味があると思います。
また、社内では言いにくいことを、第三者の立場から率直に伝えられるのも、外部パートナーの役割だと思います。例えば、CC部門が主導してWebサイトのリニューアルを進める中で、Webでの情報発信が足りない事業部と対話する場合、CC部門からは伝えにくい内容でも、外部パートナーが伝えれば受け入れてもらいやすいことがあります。
新山:本当にその通りだと思います。氣賀さんの書籍にもありましたが、社内では不満や違和感があっても、それを大っぴらに口にしないことがあります。企業風土にもよりますが、部門同士が対立しているというより、そもそも話す機会が圧倒的に少ないんですよね。なので、各部門が抱えている問題や違和感が部門をまたいで共有されていないケースも多いと思っています。
BAでもプロジェクトの初期には、関係する部門の方々へインタビューすることが多く、規模によっては複数の部門にまたがって数十名にお話を伺うことも珍しくありません。その内容を誰の発言か分からない形で関係者に共有すると、「あの部署がそんなことで悩んでいたとは」といった驚きや共感が生まれることがあります。
そこから初めて、「実はうちの部門も同じようなことで困っている」と本音で話せるようになっていくんです。そこまでいけば、プロジェクトは半分成功したようなものだと私は思っています。
氣賀氏:よくわかりますね。そうして見えてきた問題を、今度は構造化していくことが大切です。ヒアリングを重ねると、現場からは非常に多くの問題が出てきます。それらを整理・構造化し、優先順位をつけることで、本当に取り組むべき課題が見えてきます。
それでも、すべてを1年で解決することはできません。だからこそ、3〜5年のロードマップに落とし込み、「今年はこれをやる」「これは来年以降に取り組む」と時間軸をつけて示す必要があります。
今年できない課題についても、「忘れられたわけではない」と分かれば、各部門も納得しやすくなります。優先順位をめぐる調整もしやすくなりますね。

外部パートナーにも、コンサルティング会社、SIer、広告代理店、デザインやコンテンツに強い会社など、いろいろありますよね。どこに相談するかは、どう考えればよいのでしょうか。
氣賀氏:個別の専門会社はそれぞれ大切な存在ですし、今後も必要とされ続けます。一方で、見落とされがちなのが、全体を横串で見る立場です。
あえて言えば、イントリックスは自分たちを「薄く広く知っている会社」だと捉えています。それぞれの専門領域を理解したうえで、全体を見渡し、どこに問題があるのかを切り分けることを大切にしています。
本来はシステムの問題なのにデザイン会社に相談してしまう、というように出発点を見誤ると、どれほど優秀なパートナーでも解決が難しくなりますよね。
ただ、その切り分けを当事者であるお客さま自身が正確に行うのは難しいんです。だからこそ、全体を俯瞰し、問題がどこにあるのかを整理したうえで、必要な専門家や解決策につなげられるパートナーの重要性は高まっていると感じます。
最後に、これから情報発信を始める企業が、最初に意識しておくべきことを教えてください。
氣賀氏:冒頭でもお伝えしたように、まずは「自社の価値とは何か」を真剣に考えることです。建物を建てるとき、素材を知らずに設計はできません。自社の価値を知らずに情報発信を始めるのは、それと同じことです。
情報の価値を考えることは、結局のところ、ユーザー視点に立つことでもあります。さらに、同じ情報でも、誰に、どのタイミングで渡すかによって価値は変わります。そこまで考え抜けるかどうかが、デジタルコミュニケーションの質を左右すると思います。
新山:私は、最初から大がかりに始めない方がいいとお伝えしています。CMSの導入や全社Webサイトの刷新など、大きく始めようとする企業も多いのですが、まずは営業担当者が顧客からよく受ける質問や、現場では当たり前になっているノウハウなど、身近なところから小さく試すことをおすすめしています。
氣賀氏:スモールサクセスは本当に重要ですね。加えて、小さく始めるだけではなく、大きなゴールを見失わないことと、「どこから始めるか」も大切だとお客さまにはよくお話ししています。
例えば、すでに対面営業でうまくいっている主力事業では、今のやり方を変える必要性を感じてもらいにくいですよね。一方で、新規事業や海外市場のように、これまでのやり方だけでは十分に届いていない領域であれば、デジタルを活用する意味も見えやすくなります。
大きなゴールを見失わないようにしながら、まずは成果が出やすいところで小さな成功をつくる。こうした成功体験を少しずつ広げていくことが大切だと思います。

自社の価値を見つけ、小さく始める
第1回では、BtoB製造業で情報発信が進みにくい背景を振り返りながら、誰が旗を振るのか、外部パートナーをどう活用するのか、そして最初の一歩をどう踏み出すのかを考えてきました。
日本のBtoB製造業では、営業担当者がお客さまとの関係を築き、対面で情報を届けることで長く成果を上げてきました。だからこそ、これまでのやり方を否定するのではなく、その強みを生かしながら新しい情報発信のあり方を考えていくことが大切です。
まず必要なのは、自社にはどんな価値があり、その価値をどんな情報として届けられるのかを考えること。そして、どの部署が担当するかだけにとらわれず、プロジェクトを自分ごととして捉え、前に進めようとする人を起点に、必要に応じて外部パートナーも交えながら取り組んでいくことです。
最初から大きな改革を目指す必要はありません。新規事業や海外市場など、デジタルを活用する意味が見えやすいところから小さく試し、取引先からの反応を確かめながら成功体験を積み重ねていく。その積み重ねが、社内の情報発信を少しずつ変えていきます。
次回は、顧客自身がWebで情報を集めることが当たり前になり、さらに生成AIも情報収集の手段として使われるようになった現在、BtoB製造業は「何を、どう届けるべきか」を考えます。



