海外事業を展開する企業にとって、グローバルサイトの構築は重要な経営戦略のひとつです。グローバルサイトが果たす役割とは何か、グローバルサイト構築のポイント、成功に導く運用体制をどう確立すべきか。
株式会社マーケティ ングサイエンスラボの代表で花王のグローバルサイト構築を牽引してきた本間 充氏にビジネス・アーキテクツ(以下、BA)の小山 健吾が聞きました。
インタビューを受けた人
- 本間 充様株式会社マーケティングサイエンスラボ 代表取締役/Abeamコンサルティング 顧問/事業構想大学院大学 客員教授/東京大学大学院数理科学研究科理学部数学科 客員教授(株式会社マーケティングサイエンスラボ)
大手消費財(花王)において、デジタル・マーケティングのグループをリード。日本の広告主として最初のWebコンテンツ管理システムの導入や、Webサーバーの完全Amazon移行などのプロジェクトを遂行する一方、日本アドバタイザーズ協会 Web広告研究会代表幹事など、社外の活動も行い、日本のデジタル・マーケティングの推進をサポート。
そもそもグローバルサイトとは
グローバルサイトに求められる役割
小山:グローバルサイトというと単純にロゴやデザインをグローバルで統一して、英語や中国語など多言語化すれば良いと安直に考えてしまうケースもまだあるかと思います。本間さんがお考えになる「グローバルサイトとは」どのようなものでしょうか。
本間氏:花王時代にグローバルサイトの構築を担当した経験をもとにお話しすると、グローバルサイトとは「アウターブランディングのためのサイト」ではなく、インナーブランディングのためのサイトであるとも言えると思います。アウターブランディングとは、要するに国内外、とくに海外市場に向けての自社のブランディングとなりますが、実際にグローバルサイトの構築では、自社のコーポレートブランドを「いかに世界各国の従業員に浸透させるか」という取り組みのほうが圧倒的に多いのです。これがグローバルサイトに求められる大きな役割のひとつだと考えています。「グローバルサイトとはこういうもの」と端的に定義するのは難しいのですが、「インナーブランディングの役割を担うサイト」という視点はひとつあると思います。
「なぜグローバルサイトが必要なのか」
グローバルサイトの目的
小山:確かに、インナーブランディングの重要性はますます高まっているように感じます。
本間氏:なぜ、インナーブランディングの重要性が高まっているのか、その背景を考えることが大切です。企業のグローバル化はもちろんですが、海外で多角的に事業を展開するようになったことで、さまざまな国や地域、文化的背景のある人たちが、日本の本社を含めて海外のいろいろな拠点で働くようになりました。花王の話をすると、以前は従業員の大多数が日本法人の日本人従業員の会社でした。ところが、2000年台後半からグローバルでいろいろな企業を買収したこともあり、「そもそも花王もKAOも知らない」というスタッフがどんどん増えてきたのです。
当時の花王はフロッピーディスクや健康食品、医薬品などさまざまな領域に進出していたので、経営層から「花王とはどういう会社かを再定義しなくてはならない」という声がでてきました。もう一度、自社を再定義して「全世界の従業員にきちんと浸透させないと、いったい何の会社かがわからなくなってしまう」という危機感を抱いたのです。
そこで必要となったのが、今では多くの企業が掲げるようになった「パーパス」や「ビジョン・ミッション・バリュー」です。これをきちんと言語化し、それに則って事業を再定義しないと、みんなの想いがバラバラになってしまいかねません。花王では「花王ウェイ」を作り、世界各国の現地法人のWebサイトにも「花王ウェイ」のページを作りました。グローバルサイトで花王ウェイを発信し、それに則って世界中の従業員が「花王とはこういう会社」という共通認識を持てるように自社を再定義したのです。
こうした経験を踏まえたうえでグローバルサイトとは何かを考えると、企業ブランドの定義書、「ブランドアセットに関する定義書」という意味合いがあると思います。「自分たちがいったい何者であるのか」を全世界の従業員やパートナー企業の方々にきちんと説明する、そのためにグローバルサイトが必要であるという考えです。社外に対しての情報発信よりも、従業員やパートナー企業に対する活動であることをきちんと理解しておくことが大切です。
グローバルサイト構築にあたっての課題とポイント
自分たちが「どういう会社か」を明確に
小山:「ブランドアセットの定義書」であるという視点で考えると、グローバルサイト構築にあたっての課題やポイントはどんなことだとお考えですか。
本間氏:まず重要となるのは、その企業に「そもそもブランドの定義がありますか」ということ。「我々はこういう会社です」というのを明確にし、そのうえで、各国・地域の支社や支店などローカルのサイトでしか発信しない情報と、グローバルで発信する情報との線引きをしっかりとすることが大切です。花王では、日本本社のWebサイトの中でグローバルに使えるものと日本本社で国内向けに発信する内容とを分けました。グローバルで使えるものは、現地でもそのまま翻訳するだけで、現地語のサイトに使えないといけないものです。そのうえで、その国・地域ならではの現地法人が行う事業活動と照らし合わせ、「どのようなコンテンツを追加するのか」をきちんと現地法人と相談するという作業を数年かけて実施しました。
小山:最近では自社のパーパスやビジョン・ミッション・バリューを定めて、自社のブランドアセットを明確化しようとしている日本企業は増えてきたと感じています。ただ、それをグローバルで海外の現地法人にまで浸透できているかというとそうではありません。現地法人にきちんと知らされていないし、知らされていないから現地法人も理解もしていない、そこにも課題がありますね。
本間氏:まさに、そこに日本企業が直面しているグローバルサイト構築の課題があると感じています。あるアメリカのIT企業が英国のソフトウェア開発会社を買収されたときのことを引き合いにお話しすると、買収直後に丸の内のオフィスを尋ねたら、もうロゴもパンフレットも内装も応接室の雰囲気も全て新しいものに刷新されていました。新しい企業グループのブランドを日本の現地法人に浸透させる取り組みを迅速に徹底していたのです。これには驚きました。日本企業では、そこまで一気にやりませんよね。日本企業はコーポレートブランドをグローバルで従業員にインストールする作業を厳しい言い方をすれば「怠けている」印象です。例えば、日本企業同士が合併したとき、もう数カ月も経つのに「現地法人のパンフレットのロゴが古いまま」といった話はよく耳にします。新しいロゴやガイドラインを買収発表と同時に海外拠点に送りつけるといったことはしないでしょう。ところが、グローバルに事業を展開している外国企業はそれを徹底しています。
つまり、グローバルサイト構築の裏側では、グローバルのヘッドクォーター、日本本社企業であれば日本の本社のロゴやガイドラインなどのドキュメント、マーケティングのガバナンスなどをグローバルで浸透させるという取り組みがあって、グローバルで発信するコンテンツと現地法人の独自のコンテンツとを明確に線引きする作業があるのです。さらに、そうした作業を確実に実施するにあたって、日本本社と各国・地域の現地法人との間でどこまでを本社がやって、どこからが支社や支店がやるのかの業務分担が明確になされなければなりません。こうした裏側の作業をきちんと理解できているかどうか、そこがまずはグローバルサイト構築のポイントだと考えています。
ひとつの例ですが、日本企業の広報部門がグローバルサイトの担当になったときに面食らってしまうことが多いのは、日本本社=日本企業の広報としての業務だけを考えればいいのか、グローバルのヘッドクォーターの広報として「グローバル全体を見渡しての広報業務」を求められているのか、その役割分担が曖昧になってしまっているからです。このあたりの問題もグローバルサイトを構築するうえでの具体的な課題となります。
現地法人を詳しく知ることの本当の重要性とは
小山:グローバルでガバナンスを効かせることと現地法人に任せること、その線引きで現地法人と話し合いをするときにも結構、もめることがあるのではないでしょうか。
本間氏:じつは花王でグローバルサイトを構築するとき、シンガポールの現地法人との間の交渉がかなりタフなものでした。もめましたね(笑)。シンガポールの現地法人は、東南アジアのことは自分たちのほうが良くわかっている、そのうえでWebサイトを作っているのに、なぜ良く知りもしない日本本社が口出しするのかと言ってくるのです。
確かに、グローバルサイトは現地の必然性や業務の優先順位を理解して構築しなければいけないので、こうしたケースは多くの企業で起こりえる問題でしょう。現地の事情や仕事内容を深く理解していなければできないのです。ところが、日本本社から出張で現地法人を訪問する役員、管理職、担当者は一様に、いわば「単なる海外子会社巡り」をするだけのパターンが多いのでしょう。現地の従業員からじっくりと話を聞いたり、「現地法人のお客様」である顧客企業にまで出向いて話しを聞いたりすることは、ほぼないでしょう。
海外に本社のある企業は、それを丁寧にやります。実際、花王時代には(花王に)CMSを納入していた海外企業のトップが、お客ではありますが、一担当者である私のところまで会いに来て話を聞いていきました。こうすることで、自社のブランドが海外現地法人を通じて顧客企業にどう浸透しているのかまでを知ることできます。グローバルのヘッドクォーターがここまでやるのは、現地法人の仕事の状況を深く理解しないとグローバルサイトを構築できないと知っているからです。
こうしたことを理解して実践している日本企業の担当者は非常に少ないのです。日本企業ではトップも管理職も、担当者も現地法人の状況を良く知らない、情報量が圧倒的に少ないのです。これも大きな課題のひとつです。
うまくいくグローバルサイト、失敗するグローバルサイト(成功例と失敗例)
運用を重視しないと失敗リスクが高まる
小山:ここまでの本間さんのお話しの中でも、グローバルサイト構築のポイントや多くの日本企業が直面している課題などが示されました。それらのポイントや課題をうまくクリアできれば「うまくいくグローバルサイト」となり、クリアできないと失敗するとも言えますが、それ以外にも成功と失敗の分岐点となるポイントはあると思います。例えば、当社のこれまでの実績や経験を踏まえると、グローバルサイトは構築後の「運用こそが重要」であって、最初から運用を見据えて取り組まないとどうもうまくいかないケースが多いように感じています。いかがでしょうか。
本間氏:その視点はとても重要ですね。そもそもグローバルサイトを構築したいという場合、例えば、グローバルで共通の安定したインフラの上に現地法人のWebサイトも構築して安定的に稼働させたい、グローバルでロゴやデザインを統一させたいといったニーズがベースにあります。そのうえで、安定的に稼働させるにも、ロゴやデザイン、コンテンツもガバナンスを効かせるにも「Webサイトの運用」がしっかりとできないとなりません。その意味で重要です。
小山:Webサイトの運用があってこそ、そのうえでコンテンツをどう見せていくのかが決まって来ると思います。デザインなどクリエイティブを統一すれば良いといった単純なことではなく、「クリエイティブブリーフィング」、つまりクリエイティブ戦略を考えなくてはなりません。
本間氏:グローバルでこういう見せ方に寄せていく、統一性を持たせるという話になると思いますが、そのときの寄せ方も日本本社、グローバルヘッドクォーターが完全統治する中央集権型(統治型)のサイトにしたいのか、現地法人に運用・運営は任せるがグローバルでガバナンスが必要なコンテンツはヘッドクォーターが支給するものを使うように指定するコンテンツ支給型でいくのか、どちらの運用体制でいくのかは決めないとならないですね。
そして、実際にやってみると分かりますが、中央集権型にすると非常に本社の運用の負荷が大きくなるのです。そこまでを理解してもらわないと成功にはつながりません。グローバルサイトに限らず、すべてのWebサイトに言えることですが構築することが目的ではなく、作り上げたあとに運用して成果・効果を出してこそ初めて目的が達成されるのです。そこを見据えて、運用を重視しないグローバルサイトは失敗する可能性が高くなりますね。
グローバルサイトは内製できる?それとも内製できない?(外注するメリット)
全てを内製せずに適切な外注先との協業が現実的
小山:確かに運用を考慮しないグローバルサイトは失敗の可能性が高くなります。具体的にはサイトのデザイン、コンテンツ制作のコンポーネントを増やし過ぎないようにすることが大切だと考えています。
また、成功するグローバルサイトという視点では、当社は3つのプロフェッショナルの存在が不可欠だと思っています。まずは、「ビジネスのプロ」。これはグローバルサイトを構築したい、あるいは構築しようと検討されている企業のことです。もう1つが「Webのプロ」で、これは当社のようなグローバルサイトの構築を請け負うWeb制作会社のことです。そして、3つめが「運用のプロ」です。じつは、この運用のプロの役割をどこが担うのか、その判断が意外に難しいと感じています。
本間氏:確かに、グローバルサイトは作り終えた後に、運用をどうするかという課題が必ず残ります。その視点に立てば、最初からグローバルサイト公開後の、運用スタッフのコアメンバーをどうするかを考え、その構成を考えておくことも重要な取り組みといえます。そして、コアメンバーは日本本社か現地法人の中から中長期的に担当を続けられるスタッフに任せるのが理想です。運用のコアメンバーがころころ変わってしまうと、グローバルサイトとしてのガバナンスを効かせることが難しくなってしまいます。そこまでを考えると、運用のコアメンバーは自社でまかない、その他の業務を外注する、外部のWeb制作会社などパートナーに委託するのが理想的なかたちとも考えられます。
小山:その際に、外部のWeb制作会社を選定するポイントはどこにあるとお考えですか。
本間氏:やはり、運用がきちんとできるかではないでしょうか。Webサイトは1枚モノのコンテンツの寄せ集めではなく、あるコンテンツを修正すると、その修正が他のコンテンツにも影響するような「コンテンツ群」です。ある修正に対して、誰がどのタイミングで修正して誰の承認を得て掲載に至るかといった業務フローをきちんと理解して示してくれる、そういった運用に関する経験や知見があるWeb制作会社を選ぶことが大切だと思っています。
こうしたことも含めて、全てを内製でまかなうことはできなくはないでしょうが、グローバルでガバナンスを効かせ、中央集権型のグローバルサイトを作ろうとすればするほど日本本社の担当者の負荷がどんどん大きくなっていきます。そのことを考えると、全てを内製しようとはせずに適切な外注先を選び、協業することが現実的だと考えています。
グローバルサイトの構築で失敗しないためには
失敗しないために「本当に大切なこと」は
小山:最後に改めて、グローバルサイトの構築で失敗しないためのポイントについて、本間さんのお考えを聞かせてください。
本間氏:ここまででお話をしていなかったことをあえてすると、そもそもグローバルサイトを構築することが、自社にとって意味があるのかないのかはきちんと考えるべきです。なぜ構築するのか、構築するならその目的は何で、どのような成果を期待するのかといったことの整理整頓はやはりとても重要です。そして、トップ判断で「構築する・しない」となったときには、トップがきちんとグローバルサイトとはどういうもので、どういう意味合いがあるものかといったことを正しく理解したうえで判断しているのか、それらを理解せずに情報不足で優先順位もよくわからずに、ただ構築にかかる予算だけを見て「やらない」と言っているのか、そこを明確にすることも非常に大切です。まずは、ここをきちんと地ならししないと、その後に何をしても失敗すると言っても良いくらいかもしれません。
小山:まさに、一番重要なことかもしれません。今日は、とても示唆に富んだお話をありがとうございました。