2024年4月に改正障害者差別解消法が施行され、民間事業者を対象にそれまで努力目標とされてきた「合理的配慮の提供」が義務化されました。改正法施行から半年、各企業の意識はどのように変化し、どのようなニーズが生まれているのでしょうか。
ウェブアクセシビリティの向上に積極的に取り組む株式会社U'eyes Designのアクセシビリティエンジニアの諸熊 浩人氏と、ビジネス・アーキテクツ(以下、BA)のアクセシビリティスペシャリストでありフロントエンドエンジニアの柳沢 利成にインタビュー。
ウェブアクセシビリティの提案から運用までの実務に携わるお二人に、その動向や、直面する課題を解決に導く取り組みなどについてお話いただきました。
インタビューを受けた人
- 諸熊 浩人様デザイニング・アウトカムズ事業部 アクセシビリティエンジニア(株式会社U’eyes Design)
中学生の時、網膜剥離により失明。ゲーム開発の夢を叶えるべく、筑波技術大学でプログラミングを学ぶ。2010年、現在の会社に新卒入社。ユーザビリティ評価などの業務とともに、アクセシビリティ評価、自動評価ツールの研究開発、運用を続けている。プライベートでは、視覚障害者向けのゲームの開発やファンサイト運営のほか、音楽の作曲も行っている。
- 柳沢 利成第1事業部 マネージャー/シニアディレクター/フロントエンドエンジニア(ビジネス・アーキテクツ)
1996年よりWeb制作に従事。生産性と品質を両立する全体最適化を意識した「使えるウェブサイト」とすることを心がけている。2003年にBAに参加し、ディレクターやフロントエンドエンジニアとして数々のプロジェクトに参画。2005年にサイト運用や中小規模サイト構築を手がけるグループ会社を立ち上げ、現場責任者として陣頭指揮をとり、スタッフ1人あたり数百万円の営業利益を上げる。その後3年間の流浪を経て2021年にBAに復帰。主にディレクターとしてBAのサービス向上に努める。
U'eyes DesignとBA、アクセシビリティへの基本姿勢は?
両社の業務概要やウェブアクセシビリティについての姿勢、お二人のこれまでのキャリアや現在の担当業務について教えてください。
柳沢:BAは1999年に創業しました。主に大規模なウェブサイトのリニューアルや運用を手掛けています。ウェブアクセシビリティ対応については、約20年の実績があります。「ウェブアクセシビリティ基盤委員会(WAIC)」の賛助会員で、長期にわたりWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)の翻訳協力をしています。
私個人は、フロントエンジニアとしてサイトリニューアルを手掛け、ウェブアクセシビリティ対応も多数経験があります。最近は、お客さまのウェブアクセシビリティガイドラインの刷新や新規作成なども行っています。
諸熊氏:株式会社U'eyes Designは2001年創業のデザイン会社で、ユーザー視点での使いやすさを重視したデザインを得意としています。ウェブアクセシビリティに関する取り組みを本格的に始めたのは2010年です。この年にウェブアクセシビリティに関する日本産業規格(JIS)が改正されたのですが、当社では高齢者や障害者にとっての使いやすさ向上にも取り組んでいて、その延長でウェブアクセシビリティへの対応を本格的に進めることになりました。
私自身が全盲で、開発側としてだけでなく当事者としてウェブアクセシビリティ向上への思いが強く、社内でも主導的な立場でウェブアクセシビリティ評価ツールの研究開発を推進しています。
法改正をきっかけにウェブアクセシビリティへの企業の意識変化と高まる重要性
お客さまからのご相談内容にも変化
2024年4月に改正障害者差別解消法が施行されましたが、改正の前後で、お客さま企業や業界にはどのような変化がありましたか?
柳沢:関心は格段に高くなっていると思います。改正法施行直後に、法改正のポイントやウェブアクセシビリティの基本事項に関するウェビナーを開催したときには、20社を超える企業にご参加いただきました。自社サイトのウェブアクセシビリティを向上させるには、どうすればいいかというお問い合わせをいただくことも多くなりました。新規のお客さまからのサイト構築時の要件にウェブアクセシビリティ対応が含まれるようになり、質問いただく機会も増えています。
諸熊氏:当社でもお問い合わせが増えています。ウェブ制作会社から、当社のサービスをドアノックツールにしてビジネスチャンスの拡大を目指したいというものが多く、自社サイトのウェブアクセシビリティの現状を調査したいという問い合わせも多くなっています。
アプリにもウェブアクセシビリティ対応が必要
今後、ウェブアクセシビリティについてどのようなニーズが生まれ、どのようなサービスが求められるようになると考えていますか?
柳沢:グローバル企業では各国の法規制を考慮する必要があるので、WCAG等への準拠が進んでいくと思います。また、ウェブサイトのアクセシビリティだけではなく、今後はスマホアプリやウェブアプリのアクセシビリティ対応が進むのではないかと予想しています。
諸熊氏:開発者としてだけでなく、当事者としてもアプリのアクセシビリティ対応には期待しています。現状では有名なアプリでも不具合があります。また、一般のアプリがアクセシビリティ対応をしていても、当事者にそれが伝わっていないという課題もあります。WCAGやJISといったガイドラインは、専門用語が多くて難解なことも、当事者へのアクセシビリティの配慮が届きにくい一因になっているのではないかと思います。
柳沢:おっしゃるとおりですね。私たちが実際にお客さまのアクセシビリティガイドラインを作ったりリニューアルしたりする場合は、ガイドラインの解釈もあわせてご提供し、運用に携わる方に、正しく内容をご理解いただけるように配慮しています。
諸熊氏:私もお客さまのガイドライン策定などをお手伝いする際には、JISやWCAGなどに対する解釈や説明を添えるように心掛けています。
JISやWCAGの改正に対応して、どのような動きがみられますか?
柳沢:昨年WCAG 2.2が勧告されたことを受け、企業などはウェブサイトのリニューアルのタイミングでガイドラインのアップデートを行うのではないかとみています。官公庁では、新規に作られるサイトはWCAG 2.2に準拠することとされていますが、既存サイトでは、改定の動きがあるJISの動向をみての対応になると考えています。ただし、JIS改定後は企業以上のスピードで対応が進むのではないでしょうか。
諸熊氏:JISやWCAGの規格は抽象的ですが、当事者に必要なアクセシビリティへの配慮事項は網羅されています。できるだけ新しいJISやWCAGへの準拠を目指して、ウェブアクセシビリティ対応を進めていく必要があると考えています。
グローバル展開する企業が海外向けにウェブサイトを構築する際、ウェブアクセシビリティについてはどのような配慮が求められるのでしょうか?
柳沢:とくに配慮が求められるのは、北米の米国やカナダです。BAも北米でビジネスを展開しているお客さまには、現地担当者へのヒアリングを行った上で慎重に対応しています。なお、ウェブアクセシビリティ対応は、公開時にはOKでも、その後の更新によってNGとなるケースがあります。定期的にアクセシビリティ診断を受けてもらうなど、担当者からクライアント企業にガイドラインの順守と見直しをしっかり働きかけていく必要があります。
諸熊氏:海外展開する場合は、WCAG 2.2 AA準拠がほぼ最低要件といっても過言ではありません。非対応の場合、訴訟発生のリスクがあります。また柳沢さんも述べられた通り、リリース後もデザイン変更や機能追加などをする際には、アクセシビリティテストを実施することが望ましいです。
私たちが考えるウェブアクセシビリティ配慮へ向けた取り組み
ウェブアクセシビリティに配慮されたサイトとは
お二人の考える「ウェブアクセシビリティに配慮されたサイト」の定義を教えてください。
柳沢:存在している情報にアクセスすることができるサイトです。障害の有無やデバイスに依存することなく、情報が利用者に届けられるようになっているサイトだと思います。
諸熊氏:想定された利用者が、目的とする情報を得たり、内容を正しく理解して操作できたりするウェブサイトだと思います。
障害の当事者である諸熊さんご自身は、これまでにユーザーとして困った経験はありますか?
諸熊氏:例えば、よく利用しているアメリカのショッピングサイトで、商品をカートに入れて決済画面まで到達したのに、配送日時を指定する操作がPCサイト・スマホサイトともにキーボードではできない仕様だったため、注文を断念したことがあります。また、購入したい家電製品の取扱説明書がPDFだったため、読むことができなかったときは、販売元にテキストの提供をお願いしたのですが、違う製品のテキストが届けられてしまい、やりとりがかみ合わず苦労したこともありました。
柳沢:大変でしたね。そもそも、サイトを運営する側が配慮するべきで、まさにウェブアクセシビリティの意識改革の必要性をよく表している事例ですね。
ウェブサイトの構築や改善事例と対応時に気をつけるべきポイント
お二人が実際に手掛けたウェブアクセシビリティに配慮したウェブサイト構築や改善事例を教えてください。
柳沢:やはりガイドラインの改定、策定案件が多いですね。某輸送用機器メーカーのウェブアクセシビリティに関するガイドラインを刷新するお手伝いをしたことをきっかけに、その会社のコーポレートサイトが新しいガイドラインに準拠しているかどうかを確認してほしいと依頼され、診断も行いました。
諸熊氏:個人的に印象に残っているのが、ある医療カルテ管理サービスのリニューアル案件です。ウェブアクセシビリティを向上させたいというご要望だったのですが、もともとのサービスが、使いにくくて検証自体が満足にできない状態でした(笑)。例えばマウスでクリックしないと動かせない箇所があり、そもそもマウスが見えない私には操作不可能で、まさにお手上げ状態でした。そこで、問題となっている箇所を一覧表にして提示し、約半年間かけて課題解決に取り組みました。結果として、一部はどうしてもデザインの関係で当事者には操作しづらい箇所も残ったのですが、説明書を読めばキーボードで操作できるように改善しました。
ウェブアクセシビリティ向上を検討しているお客さまに向けて、お二人のご経験をもとにアドバイスをお願いします。
柳沢:まず、お客さまご自身の方針をしっかり決めていただくことですね。その上でウェブアクセシビリティへの対応だけでなく、対応した状態を維持することも踏まえたサイトリニューアル・構築計画を立てて実行していくことが大切です。
諸熊氏:開発と運用を担当するメンバー全員が、目的と役割を認識することが重要です。実装技術に目が行きがちですが、実際にはそれ以外の文章表現や操作フローなど、開発初期の段階で取り組むべき事項も多く、後から問題がわかっても手遅れになります。また、リリース後の運用管理にも注意が必要です。ウェブサイトやアプリは、リリースされた後にさまざまな変更が起こりますし、端末やブラウザの更新の影響を受けることもあります。新バージョンのリリース前や、年1回などと時期を決めて検証することが大切です。
お客さまの困りごとを解決し、利益最大化を加速させる 〜私たちの取り組みのご紹介〜
両社ともにウェブアクセシビリティに真摯に取り組まれていますが、具体的な取り組みやサービスはありますか?
柳沢:社内向けには、ウェブアクセシビリティ分科会などがあります。また、業務に関する事例の共有や有識者に相談できる仕組みも整えています。
外部向けには、実際に障害を持った方にサイトを操作してもらって、課題を発見し、お客さまに改善策をご提案する「アクセシビリティユーザーテストサービス」と、「ウェブアクセシビリティ簡易診断サービス」でウェブアクセシビリティ対応状況を測定できるサービスを提供しています。
諸熊氏:弊社では、「WAIV2」という独自のウェブアクセシビリティ評価ツールを開発、運用しています。開発は現在も続けており、最新版が弊社ホームページからダウンロード頂けます。
また、ウェブアクセシビリティに関するセミナーを年に数回開催しています。一般公開しているセミナーもあり、どなたでもウェブアクセシビリティの基本的な考え方や身近な事例について気軽に学んでいただくことができます。社内でも情報交換や意識向上に努めています。
今後の展望
今後、さらなるウェブアクセシビリティ向上を目指して、どのような挑戦をしていきたいですか?
柳沢:お客さまのウェブアクセシビリティ改善とその維持のサポートに真摯に取り組んでいきたいと考えています。ガイドラインを活用してお客さまのお手伝いを続けてまいります。
諸熊氏:取り組みたいと考えているのが、スマホやMac環境で使えるウェブアクセシビリティ評価ツールの開発です。現状はWindows対応のものがメインですが、Windowsを使わない開発者もいらっしゃいますので、そういった方でもあきらめずに検証ができるようにしたいと思っています。なお紹介したWAIV2も、その目標に向けて日々改良を続けており、2012年の初代誕生から数えて12歳になりました。あとは、私一人で集められる情報に限界があるので、ウェブアクセシビリティについて、いろいろな立場の皆さんと一緒に情報交換や議論ができる場を作っていきたいですね。
ウェブアクセシビリティへの重要性の理解は、未来を明るくする一歩
法改正を機にウェブアクセシビリティへの関心が高まり、サイト構築やリニューアルにおいてその対応が必須となっています。企業がウェブアクセシビリティを重視することで、すべてのユーザーにとって使いやすいウェブサイトやアプリが実現します。
また、諸熊氏や柳沢も指摘するように、ウェブアクセシビリティは対応して終わりではなく、その状態を検証して維持していくことが大切です。ウェブアクセシビリティの重要性を理解し、対応を進めることは、企業の未来を明るくする大きな一歩となります。企業方針を明確にし、開発チームが一丸となって持続的に改善を行うことが成功の鍵となるでしょう。