デジタル技術の進展や生活様式の変化に伴い、デザインに求められる役割が大きく変化しています。例えば、企業のWebサイトのデザインにおいても、単にサイトの見栄えを良くするだけでなく、企業の課題解決や新たな価値提供が求められるようになっています。
こうした、ますます複雑化・高度 化する企業からのニーズに対し、デザインはどう応えていけばよいのでしょうか?
今回は、人間への深い理解に基づくUXデザインで注目を集める株式会社U'eyes Designシニアコンサルタントで人間中心設計専門家の高橋 祥氏と、ビジネス・アーキテクツ(以下、BA)でデザイン部門の責任者を務める森 太輔にインタビュー。
企業課題を解決に導くデザインの在り方についてお話いただきました。
インタビューを受けた人
- 高橋 祥様デザイニング・アウトカムズ事業部 シニアコンサルタント/マネージャー/HCD-Net認定 人間中心設計専門家(株式会社U’eyes Design)
事業創出をミッションとするセクションのリーダー。飲料、化粧品、情報家電機器などの新機軸開発、温泉地やEラーニングの集客戦略など、各種サービス事業の調査や企画案件に従事した後、イノベーション創出をサポートするための共創プログラムの開発や組織のチーミングツールに関わる研究も行ってきた経験を活かし、探索調査から出たアイデアを社会実装に繋げるための、サービスデザイン・ビジネスデザインを推進しています。
- 森 太輔ゼネラルマネージャー/CDO(Chief Design Officer)/人間中心設計スペシャリスト(ビジネス・アーキテクツ)
2008年、企業の情報コミュニケーション戦略を実現するプロジェクトを中心に、アートディレクター及びリードデザイナーとしてビジネス・アーキテクツに入社。特に日本の製造業のグローバル展開プロジェクトに長年関わっている。現在はデザイン部門の責任者も務める。
U'eyes DesignとBA、共通点はUXデザイン
まずは、両社の事業内容や得意とする領域、重点分野などについて教えてください。
高橋氏:当社は社名の通り、「ユーザー目線に立ったデザイン」の提供を目指して、事業を展開してきました。コア・コンピタンスは人間中心設計、そして心理学や人間工学といったHuman Factorsをビジネスに生かすことです。新機能やサービスの創出、業務プロセスの改善にも取り組んでいます。
森:BAは、企業のビジネス課題を解決するために、「情報収集・分析」「戦略の立案」「企画・計画」から「構築・制作」「運用・測定」まで、コミュニケーション領域におけるさまざまなサービスを提供しています。専門領域は主にグローバル展開されているお客さまのエンタープライズ向け大規模サイトの構築と運用、UI/UX改善業務の2本柱で事業を展開しています。
両社の関係性、お互いに抱いているイメージについてお聞かせください。
森:幅広いジャンルでトータルデザインを手がける「プロ集団」という印象が強いですね。高橋さんをはじめ、人間中心設計の専門家やプロフェッショナルの資格保有者が多く在籍されていて、ユーザビリティやUX(ユーザーエクスペリエンス)に関する豊富な知見と実績が豊富な点でも、非常に頼りになる信頼がおけるパートナー様です。
高橋氏:ありがとうございます。BAさんにはデザインだけでなく、いち早くアートとテクノロジーを融合してマーケティングに活用した企業というイメージを持っています。
森:私たちがやりたいことは、社名の通り「ビジネスをアーキテクトすること」です。その手段のひとつがWebでしたが1999年の創業から25年がたって、Webに求められる役割もデザインに求められる役割も大きく変わってきたように感じています。
UXデザインの可能性。デザインの現場で起きてきた“変化”とは?
デザインの役割の変化とその解決策
昔に比べてデザインの領域が変化してきていると聞きます。どのように変わってきたのでしょうか?また、なぜ変わってきたのかその背景についてもお聞かせください。
高橋氏:当社は、お客さまのニーズや社会の変化に応じて進化し続けてきました。最近、実感しているのは、デザインがお客さまへの部分的な支援から、より包括的な取り組みに変化してきた点です。
森:デザインはビジネスの成功に直結する重要な要素として認識されるようになっています。「見た目の良さ」を重視したデザインではなく、UXやブランド全体の一貫性を考慮した戦略的なデザインが求められるようになっています。
デザイン領域が変化してきた中で、デザイナーに求められるスキルや役割には、どのような変化を感じますか?
森:ユーザー中心の設計思想が不可欠になってきました。よりリアルなユーザーのニーズや感情をプロダクトやサービスに反映することが求められるようになったと感じています。
高橋氏:ユーザー視点を軸に新しいものを作っていこうとすると、最初の設計どおりに進まないのが当たり前で、それでも前に進めるためには、柔軟に設計を変えながら、さまざまな制約事項の中から最適な解を見つけ、みんなを引っ張っていかねばなりません。その意味でデザイナーにはデザインのスキルだけでなく、協力関係を築く力やリーダーシップ、合意形成のスキルが求められるようになっています。
森:たしかにそうですね。「デザイナーはデザインだけやっておけばいい」ということではなく、プロジェクト全体を俯瞰する視点が求められるようになりました。お客さまのビジネスを理解した上で、技術とビジネスの両面からデザインを支えるスキル、ユーザー行動やデータに基づいた意思決定を行うスキルが求められていると感じることが多く、デザイナーの守備範囲が広がったことを実感しています。
企業課題を解決に導くデザイン手法とは
デザインの役割が変わってきたとしても、その解決策の基本は変わらない
デザインの役割が変わる中、具体的にどのような手法で、求められる役割の変化に応えていくことができるのでしょうか?
高橋氏:ビジネス環境の変化に伴い、お客さまの関心が、新価値創出、事業創出、DX、組織変革というテーマに移ってきたのではないかと捉えています。当社ではデザインによってお客さまのビジネスを支援する業務をご依頼いただくことが増えていますが、ユーザーインサイトの分析を起点としたブランディングやマネタイズなど、総合的なデザイン支援のニーズに応えていきます。
森:近年の技術進歩によって、ユーザーが求めることや期待することも、ますます多様化してきています。ユーザーの興味は単なる「モノ」から、体験や感情を満たす「コト」へと変わってきています。さらにWebの役割も大きく変わり、マーケティングや販売促進の中心的なツールとして活用されるようになっています。SEOやコンテンツマーケティングの重要性が増す中で、デザインは顧客の興味関心を喚起して「行動」につなぐための重要な要素となっています。最近はそれだけでなく、UXやブランド全体の一貫性を考慮しながら「体験」を作っていくことが求められることが増えていて、そこに対応をしていきたいと考えています。
企業が抱える課題の本質を理解し、解決策をデザインに落とし込むために、どんな工夫をしていますか?具体的な事例をまじえて教えてください。
森:クライアントとの深いコミュニケーションが欠かせません。表面的な要望だけでなく、その背景にあるビジネスの目標や課題を探る必要があります。
例えば、ある保険サイトのツール改善プロジェクトでは、初期段階での要望は「デザインの刷新」でしたが、次第に根本的な課題は、UX向上と業務フローの改善にあることが見えてきました。そこで、実際にツールを使うユーザーにインタビューを行い、課題をチーム内で共有しながら、ビジュアルデザインの改善だけでなく、サイトの情報設計や業務フローを見直す方針に転換しました。ユーザーがスムーズに商品にたどり着ける導線を設計し、操作性や視覚的なデザインの見直しを実施して、サービス向上に寄与することができました。
高橋氏:私たちU'eyes Designでは「アウトカムデザイン」という独自のフレームを使い、協働の初期段階で目的設定を行っています。以前、ある新規事業開発部門で意見の対立があった際には、そこで培ったアプローチを応用して、一人ひとりのアイデアに耳を傾け、相手の意見を理解し合うワークショップを実施しました。
その結果、メンバーがお互いの意見を大切にし、深い相互理解や新たな発見につながりました。また、「具体と抽象」という視点も大切にしています。まず、ユーザーの日々の生活を注意深く観察して、観察結果を一般化させた上で、いろいろな制約事項がある中で、今できる最適解を具体化していく作業を行います。
課題の解決に導くコミュニケーションとは?
お客さまとのコミュニケーションが重要だと考える理由はなんでしょうか?
高橋氏:手戻りのない設計を目指すことは大切ですが、ゴールが単なるモノ作りではなく、合意した成果(アウトカム)の実現である以上、その成果を活かしてビジネスを推進していくのはお客さまです、お客さまにプロジェクトを進める強い意欲や情熱を持ち続けてもらうことが重要だと考えています。
森:お客さまとのコミュニケーションの中で、お客さまから出てきた意見やフィードバックを柔軟に取り入れることで、初期段階からより精度の高い設計が可能となります。結果として、手直しにかかる手間やコストを大幅に減らすことにもつながります。また、お客さまを含めたチーム全体が同じ方向を向いてプロジェクトを進行することで、効率的で、かつ効果的な設計が実現し、最終的に顧客満足度が向上すると確信しています。
課題の本質を引き出すために、お客さまとのコミュニケーションではどのような点に配慮していますか?お客さまとのコミュニケーションを円滑に行うためのポイントを教えてください。
高橋氏:安心して本音を話していただくことですね。一人の人間としてしっかり向き合うことを心掛けています。
森:プロジェクトに取り組む前に、目的を把握し、お客さまの状況に合わせたコミュニケーションを心掛けています。また、設計やデザイン領域は専門用語が多いので、分かりやすい言葉で説明するように努めています。さらに、進捗共有頻度を上げ、プロジェクトメンバー同士の接点を増やすことも大切です。
今後の展望~UXデザインで企業価値最大化に貢献
両社は、今後どのようなどのような取り組みを考えられていますか?また現在取り組んでいることがあれば教えてください。
高橋氏:お客さまのプロジェクトの中に入り、伴走して支援をしていくスタイルが増えてきました。デザイン思考は、物事に取り組む姿勢そのものです。これをお客さまとうまく共有できれば、プロジェクトのプランニングと実行の支援はもちろんのこと、デザイン人材の育成、チームの多様化の促進など、業種を問わず対応可能なサービスを提供できると考えています。
森:「ユーザーの利便性を高め、満足度の高いサービスを提供する」というBAの本質的な部分は変えることなく、家電製品や自動車など、実際の製品のUI設計や、地域や店舗などコミュニケーションに関するビジネス領域を拡大していきたいと考えています。
企業として多様なニーズの変化に応えられる体制を、どのようにつくりあげているのでしょうか?
高橋氏:2024年4月にシステムズ・イノベーション事業部を創設しました。AIを含めた幅広い知見を持つメンバーが参画していて、これまでのUI/UXを中心とした調査や評価、デザイン開発に加え、システム実装までをシームレスに開発できる体制になっています。
森:柔軟性と迅速な対応力を持つ組織作りが不可欠だと考えています。そのためには、社内の部門間の連携強化が欠かせません。現在、部門やチーム間でのコミュニケーションを促進し、社員一人ひとりが変化に対応できるスキルを持つよう、継続的な教育を行い、専門知識と柔軟な思考力を育成しているところです。また、社内外に向けてBAが大事にしているデザインの価値をさらに発信していく必要があると考えています。その活動によって私たちの考えに共感をいただけるお客さまや、U'eyes Designさんのようなパートナーとも連携していけるとうれしいですね。
UXデザインを基盤とした、総合的なビジネス支援
デザインの役割は単なる視覚的な要素を超え、お客さまのビジネス成功への道筋を描くための戦略的なツールとして変化してきました。企業の課題解決や価値最大化に直結する重要な要素へと変化してきたことで、デザイナーに求められる役割も多様化していることが理解できました。
デザイナーに求められるスキルも、技術的な面だけでなく、協働やリーダーシップ、合意形成といった多岐にわたる能力が必要とされています。
そしてU'eyes DesignとBAの両社は、UXデザインを基盤に、ユーザーへの深い理解と共感を活用し、総合的なデザイン支援を行うことの意義を強調しています。
高橋氏の「デザイン思考は物事に取り組む姿勢そのもの」という言葉どおり、デザインの仕事はこれからますます柔軟な思考とユーザーのニーズを的確に捉える洞察力が不可欠となるでしょう。
こうした変化にも柔軟に対応しながら、デザインを通じて新たな価値を創造し、組織全体の成長と発展に貢献することが期待されます。