「結果的にサイトの改修は発生したのですが、最初からWebサイトリニューアルありきだったわけじゃないんですよね」。京セラ株式会社(以下、京セラ)の北垣様はまずその点を強調しました。京セラが今回取り組んだのは、BtoB領域のWebサイトの品質と導線を、お客さま視点で見直すことでした。
京セラでは、事業部門ごとにWebサイトを運営してきたため、Webサイトの品質にばらつきやすい状態が生まれていました。そこで立ち上がったのが、お客さまが目的の製品・情報にたどり着き やすくするための品質向上施策です。
本記事(前編)では、京セラの北垣様とビジネス・アーキテクツ(以下、BA)の橘が、その構想立案と社内の巻き込みを振り返ります。大企業だからこそ複雑化しやすい、事業部門横断の課題整理と合意形成のポイントを伺います。
本シリーズ(前編・中編・後編)は、京セラが横断的なデジタルマーケティングを推進していくうえで、Webサイトの品質向上施策をどう立ち上げ、どう分割し、どう合意形成していったのかを紐解く3本立てです。大きな組織ならではの、事業部門ごとに異なる事情の整理、情報共有の場づくり、全体最適と個別最適の両立に迫ります。

インタビューを受けた人
![プロフィールアイコン(写真):広報室/ブランドコミュニケーション部/責任者(京セラ株式会社) 北垣 良介様]()
- 北垣 良介様広報室/ブランドコミュニケーション部/責任者(京セラ株式会社)
京都の印刷会社にてグラフィックデザイナーと提案営業を経て、2006年に京セラへ入社。同社 広報室で京セラグループのブランド戦略およびPR活動、デジタルメディア推進におけるマネジメントを担当している。
「お問い合わせフォーム」が示した、部門最適の限界
今回の施策は、そもそも京セラ様のどのような問題意識から始まったのでしょうか?
北垣氏:まず大前提として、今回の施策は一般的にイメージされるような「全社Webサイトを一気にリニューアルする」といった話ではありません。私たちが向き合っていたのは、「京セラのWebサイトをよりビジネスにつなげる」ということです。
具体的には、大きく2つありました。1つは、事業部門のWebサイトごとに更新状況や情報量にばらつきが出ていたこと。もう1つは、京セラトップページの法人向けメニューやナビゲーションから、事業サイトにスムーズにたどり着けないという導線上の課題があったことです。
そうした「お客さまが目的の製品や情報にたどり着ける構造」を整えるために、規模に応じて分けながら進めていく必要がありました。
橘:世の中の多くのプロジェクトは「リニューアルをしたい」から始まってしまうことの方が多いと思います。でも本当は、解像度の高い課題認識をもとに、その課題解決のために何をするかが大事ですね。
当時、北垣様は京セラのデジタル領域をどのような立場で見ていたのでしょうか?
北垣氏:私のプロフィールを簡単にご紹介すると、2006年に中途で京セラに入って、広報室でWebサイトの運用を担当していました。広報室の仕事として最初にやるのは、ブランドや品質を守るためのガイドラインを作り、事業部門にガイドラインに沿ったサイト作りをしてもらうことです。
ただ、Webサイトの中身は基本的に事業部門が作ります。そのため、ページ数がものすごく多い事業部門もあるし、デザインに強いこだわりがある事業部門もある。専任の担当者がついている部門はしっかりしているけれど、担当者がいないところは「カタログを作ったついでにWebサイトも作る」ような状態になってしまうんです。
橘:同じテンプレートでも意思決定の方針を共通認識として持っていないと、中身や運用がバラバラになりやすい、というのはよくある話です。
北垣氏:そうなんです。もちろん、当時から「できるだけお客さま視点に変えていこう」という議論はあったんですが、担当者の違いや予算感の違いも大きく、停滞していました。
その中で、「Webサイトの品質がボトルネックになっている」という仮説が生まれた経緯を教えてください。
北垣氏:きっかけになったのは、従来のWebサイトの「お問い合わせフォーム」のデータです。この受け皿となるお問い合わせフォームは広報室が作って管理しており、実際にどんなお客さまが来ているのかを分析できました。
事業部門は自分たちのWebサイトを作って、お問い合わせを受けて、営業にパスしていくのですが、営業側の対応が人や部門によってバラつきが生じていました。この粒度が揃っていないのは良くないな、と。
橘:それだと京セラのビジネスとしても「横展開」がしにくい状態ですよね。
北垣氏:そうです。例えば、大事なお客さまがいたとして、A部門がお問い合わせを受けたら、そのお客さまはA部門の中だけで完結してしまう。一方で、京セラには10以上の事業部門があって、B部門もC部門もD部門も接点を持てば、ビジネスはもっと広がる可能性がある。
橘:でも、実態としては、Webサイトを通じてA部門しか動いていない、と。これはBtoB領域の大企業でありがちな詰まり方でもありますよね。
「A部門が取ったリードはA部門のもの」という感覚が強いと、クロスセルや横展開が止まる。そういった部門の垣根を横断したリードの管理ができている会社は、正直多くない印象です。
北垣氏:これを横展開していかないと、京セラの可能性が「その事業部門だけ」で終わってしまう。だから、事業部門を横断してお問い合わせや顧客情報を活用できる仕組みと組織が必要だと考えました。
橘:なるほど。そこで見えてきたのが、単にお問い合わせの運用課題ではなく、サイト全体の導線や情報の持たせ方に、機会損失が潜んでいるかもしれないということですね。
北垣氏:まさにそうです。日々のフォーム運用の中でお問い合わせ内容を見ていくと、「今の導線では、本来つながるはずの引き合いを取りこぼしているのではないか」という感覚が強くなっていきました。
デジタル領域のお問い合わせは、何かしらの課題や目的があって、調べて、時間を割いて入力していただくものです。だからこそ、この気づきは、単なる運用上の違和感ではなく、「既存のWebサイトでは、お客さまをちゃんと取り込めていないのではないか」という問いを考えることにつながっていきました。
合意形成につなげる。社長に届くまでの動き方
社内全体、特に経営層へは、どんな順番で持ち込んでいったのでしょうか?
北垣氏:まず広報室長に報告しました。室長が「面白いね」と言ってくれて、企画にまとめていきました。そこから「次は社長に相談しよう」となりました。室長に相談して数日後には社長に持っていきました。
橘:このスピードで意思決定を前に進めた点が、北垣さんの推進力の核心ですよね。全社横断のプロジェクトは、動き出すタイミングを逃さないことも重要だと思います。
北垣氏:そこで社長も「データを活用した部門連携とデジタルマーケティング活動は必要になる。前に進めよう」と背中を押してくれました。
それに加えて、会社が大きくなるほど事業を横に展開する難しさについて、認識が共有できたのは大きかったです。
橘:巨大な組織の場合、決裁の場に持ち込む際の「現場の納得感」も重要だと思うのですが、その点はどう動いたのでしょうか。
北垣氏:おっしゃるとおりで、いきなり「横断的なデジタルマーケティングをやる」と言ってもなかなか動きません。自分たちの思いだけじゃなく、各事業部門に対して客観的な視点で「何が課題で、何が勝ち筋か」を整理しました。その際は、他企業の進め方も含め、自分の足で情報収集をしました。
そこから最終的に、幹部会でプレゼンテーションをして、組織を作るという流れで進んでいきました。
今回のプロジェクトを「動き出す形」にするうえで、最初にやったことは何でしたか?
北垣氏:横断的なデジタルマーケティングをやると決めた瞬間から「相棒がいる」とも思っていました。それぞれの仕事がある中で忙しいとは思いますが、少しずつジャブを打って、興味を持ってくれた方に入ってもらいました。この「相棒」をつくれないと組織は始まりません。
そんな最初の構想段階で「面白い」と反応してくれた1人が松田でした。そこから松田と話しながら、広報室の中で少しずつ輪を広げていきましたし、のちに実務面では篠原のようなメンバーが現場を担ってくれるようになりました。
そうやって、構想に共感してくれる人が増えていきました。これはビジネス的な「仕組みづくり」であると同時に、「人の信頼関係づくり」でもあると思います。
橘:なるほど。プロジェクトの構想そのものの完成度よりも先に、「最初に共感してくれる人をつくること」が、実はプロジェクトを動かす出発点だったわけですね。
そこから、推進体制をどの部署に置き、どんなメンバーで立ち上げたのでしょうか?
北垣氏:今回のプロジェクトは営業支援システムとの連携が肝になることもあり、システムを導入しているデジタルビジネス推進本部でこのプロジェクトの部隊を作ることになりました。
そこに広報室のメンバーにも入ってもらいました。それから徐々に事業部門にもマーケティングのチームが生まれ、参加する人が増え、共通のデータベースを活用するようになっていきました。
橘:組織ができたら終わり、ではなく、むしろそこからがスタートですよね。目的は「横断的なデジタルマーケティングを実行する」だとしても、体制やツールは過程の中で埋めていく必要があります。
北垣氏:だからBAさんにも相談しつつ、さまざまな他社の話も聞きましたし、試しながら埋めていく必要がありましたね。
他社の方に話を聞く中で、印象に残った点はありましたか?
北垣氏:大きな企業の方とお話をする際には、人とお金、つまりリソースの話は必ず出ました。加えて「情報をどう扱うか」が重要だという点もよく出ました。
デジタルマーケティングは、「確立された正解」があるわけではないんです。聞いたものをそのまま自社でやってもうまくいくわけではない。自分たちのこれまでの変遷や事業領域、実際の現場の状況を複合的に照らし合わせる必要があります。
「横断は領域を奪うためではない」納得をつくる言語化
全社を巻き込む上で、“反対されやすいポイント”をどう越えたのでしょうか?
北垣氏:「課題」と「あるべき姿」を言語化して、ギャップを示すことです。全社での横断プロジェクトは関係者が多いので、正しさだけでは動きません。段階設計で不安を減らしながら、少人数だとしても動き出すのが有効だと思います。
橘:ここは、仕組みの話と感情の話が同時に出るところですね。心理的には「自分たちを懇意にしていただいているお客さまに、別部門が入ってくる」ことにいい気持ちではない人もいるはずなんです。他にも機密保持への懸念がある人もいると思います。ここを無視して正論だけで進めると、合意形成は崩れます。
北垣氏:だからこそ、社内では「会社として横串で新しいビジネスを進める」意義を丁寧に言語化しました。このプロジェクトの横断は、誰かの領域を奪うためではなく、会社として「機会を広げるための仕組み」だ、と。そうやって「あるべき姿」を明確にしながら進めた結果、多くの方が賛同してくれたと感じています。
まさに冒頭でお話をされていた「Webサイトをよりビジネスにつなげる」という話ですね。
北垣氏:そうです。リード獲得の活動をすればするほど、今度はWebサイトの「質」が課題になってくる。お客様が最初に接触するWebサイトがわかりづらい状態のままだと、せっかくの横断的なマーケティング活動の効果が発揮されない。
こうなると、Webサイト品質向上施策は「やりたいこと」ではなく「やらないと前に進まないこと」になっていくんです。
橘:まずは、横断でビジネスを伸ばすために何を変えるか。その必然としてWebサイトがボトルネックになる。そんな風に「ビジネスにつなげる」という論点をブラさずに進めたのが、このプロジェクトのポイントだと思います。
北垣氏:いきなり「Webサイトの改善をします」から入ってしまうと、社内ではデザイン的な見た目の話やブランディングの話になりやすい。でも、「全社横断での価値創出」という文脈を先に置くことで、Webサイトが広報の成果物ではなく「事業の共通資産」として語れるようになります。
最初に整えるべきは、Webサイトではなく「課題の定義」
前編で印象的だったのは、このプロジェクトが「Webサイトを作り替える」話として始まっていない点でした。部門最適が機会損失に転化している状態を捉え直し、Webサイトを「広報物」ではなく「事業の共通資産」として扱うこと。「全社横断での価値創出」を先に見据えたことがプロジェクトの根幹にありました。
また、北垣様のお話から見えてきたのは、大きな組織の施策は正しい構想だけでは動かないということでした。最初に共感してくれる人を見つけ、構想を少しずつ周囲に渡していく。その積み重ねが、やがて広報室や関連部署との輪を広げ、後の実務を担う人たちにつながっていく。施策そのものだけでなく、「誰と進めるか」が同じくらい重要なのだとわかります。
続く中編・後編では、こうして立ち上がったデジタルマーケティングの横断構想が「Webサイトの品質」というボトルネックに突き当たった際、BAとどのような共創を進めたのか、整理した考え方がどのように形になっていったのかに焦点を当てます。


