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マーケティングの最も重要な業務は「社内調整」である|垣内勇威氏と考える「成果が出る構造」の話【前編】

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BAsixs編集部

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AIの普及によって、リサーチやライティング、広告運用の一部は以前よりも速く、手をつけやすくなった。では、その変化によってデジタルマーケティングの現場は本質的に変わったのでしょうか。

今回、『デジタルマーケティングの定石』『BtoBマーケティングの定石』の著者・垣内勇威さんとBusiness Architects(ビジネス・アーキテクツ、以下BA)の橘が、「成果が出る構造」について前後編にわたり対談しました。そこで浮かび上がってきたのは、施策論より前にある、「社内調整」と「お客さまを理解すること」、そして「自社はいまどこにいるのか」を見極める視点の重要性でした。

前編では、まず2冊の書籍がどのような問題意識から書かれたのかを起点に、AI時代のデジタルマーケティングで変わったこと/変わらないこと、そして定石を万能な正解として扱うことの危うさについて掘り下げます。

マーケティングの最も重要な業務は「社内調整」である|垣内勇威氏と考える「成果が出る構造」の話【前編】

インタビューした人

プロフィールアイコン(イラスト):マーケター 田代
田代セールス&マーケティンググループ/マーケター(ビジネス・アーキテクツ)

広告代理店にてマンションデベロッパー、人材派遣の広告・マーケティング業務に携わった後、システム開発会社にて製薬会社や生命保険会社のマーケティング支援に従事。エンドユーザーに対してWebやメールを活用してのコミュニケーションの運用、改善、最適化などを中心に業務を担当。直近ではオウンドメディアの編集長として自社への引き合いを増やす役割を担った。

インタビューを受けた人

  • プロフィールアイコン(写真):代表取締役(株式会社WACUL) 垣内 勇威様
    垣内 勇威様代表取締役(株式会社WACUL)

    東京大学卒。株式会社ビービットから、2013年に株式会社WACUL入社。改善施策の提案から施策効果の検証までデジタルマーケティングのPDCAをサポートする自動分析・改善提案ツール「AIアナリスト」を立ち上げ。2019年に産学連携型の研究所「WACUL Technology & Marketing Lab.」を創設し、所長に就任。現在、研究所所長および代表取締役として、事業のコアであるナレッジ創出を牽引。新規事業や新機能の企画・開発および大企業との実証(PoC)など長期目線での事業推進の責任者を務める。2022年5月、代表取締役に就任。

  • プロフィールアイコン(写真):Chief strategist(ビジネス・アーキテクツ) 橘 守
    橘 守Chief strategist(ビジネス・アーキテクツ)

    リクルート「住宅情報」「カーセンサー」、ポイントキャスト代表取締役社長、Jストリーム事業推進部部長を経て、2005年エクスペリエンス設立。 2025年ビジネス・アーキテクツにジョイン。「わかりにくい」を「わかりやすく」、「使いづらい」を「使いやすく」が仕事のテーマ。「数字で説明する」が信条。

定石の前に、自社の状況を見極める

改めて、垣内さんが執筆された『デジタルマーケティングの定石』(2020年出版)と『BtoBマーケティングの定石』(2022年出版)では、それぞれどのようなことを書かれたのでしょうか。

垣内氏:かなり乱暴に言うと、「世の中のマーケティング担当はマジで分かっていない!」と思って書いた本なんです。いろいろな企業から相談を受ける中で「いや、それは違うだろう」と思うことが本当に多かった。だから、ただ施策を並べるというより、まず「何が間違っているのか」を整理したかったんです。

『デジタルマーケティングの定石』で書いたのは、デジタル施策は無数にあるように見えるけれど、実際には事業の特性によって、やるべきことにはある程度の型があるということです。自社がどういう売り方をしているのか、デジタルで完結するのか、営業を介するのか、どこで勝負すべきなのか、それらを見ないまま、流行っている施策に飛びついても成果は出ない。まずそこを整理しましょう、という話です。

一方で、『BtoBマーケティングの定石』は、もっと組織に寄った話です。BtoBの領域は、施策の巧拙だけじゃなくて、営業とマーケの関係とか、社内で誰が意思決定するのかとか、そうした構造の問題で止まることがすごく多いように感じています。『BtoBマーケティングの定石』では、マーケティングの話をしているように見えますが、実際には社内調整や役割分担の重要性を書いています。

写真:WACUL垣内氏が話している様子

橘:この2冊は、どちらも「定石」と言いながら、単純に正解を教える本ではないんですよね。むしろ、とりあえず施策をしようとする前に「そもそも自分たちは何をやるべき状況なのか」を見極めるための本だと思っています。

例えば、垣内さんたちがやってきた領域では、フォーム改善や導線設計のように、再現性のある勝ちパターンが蓄積されてきた。一方で、それをそのまま当てはめれば何でも解決するわけではない。自社の状況も見ずに定石だけを信じると、今度は別の意味で間違えてしまう。その危うさも含めて、この2冊は読まれるべきだと思います。

たしかに「定石」という言葉だけを見ると、「これをやればうまくいく」という本に見えがちです。

垣内氏:そうなんです。でも実際には逆で、何でもかんでも新しいことをやる前に、「まず外してはいけないところを外すな」という話なんですよね。

特に、「成果が出ない施策の再発明」をしている会社がすごく多かった。昔から似たような失敗が繰り返されているのに、それを毎回「新しい取り組みです」みたいな顔でやってしまう。だから、まずはそこを止めたかったんですね。

AIで作業は変わっても、社内調整の大変さは変わらない

この2冊(2020年出版/2022年出版)が出てから数年が経ちましたが、出版当時と比べると、デジタルマーケティングの現場に変化は感じられますか?

垣内氏:そもそも、この2つの本を書いたときは、正直かなり怒っていました(笑)。ところが最近は、「確かにその通りですね」と言われることも増えてきました。

これはつまり、「デジタルマーケティング」自体が、以前より世の中に浸透しているのだと思います。社会全体として基礎的なマーケティング知識の水準が上がったような感覚はありますね。

「AI」が普及したことにより、定石通りの作業やルーティンのハードルはかなり下がったようにも見えますが、それでも変わっていない部分はどこでしょうか。

垣内氏:AIを使おうが使うまいが、本来、定石的なことは割と誰でもできるんです。もちろん、その上でリサーチ業務やライティングの一部など、さまざまなことが楽になった部分もあると思います。でも、結局現場で大変なのは「社内調整」だと思っています。

「コンバージョンを増やすならファーストビューにボタンを置く」といった話は、やること自体は簡単です。ファーストビューにボタンを置くだけですから。ところが、それを社内で通そうとすると「そんなことをしたら自社のブランドにそぐわない」とか「問い合わせが増えても営業が対応しきれない」とか、いろいろな抵抗や反対が出てくる。AI以前に、そうした部分で止まる会社が多いのが現実問題だと思います。

実は、8月に「社内調整」をテーマにした書籍を出す予定なんです。書名は『なぜ定石だけでは組織は動かないのか? マーケターのための人心を動かす「社内調整」の技術』です。定石を知っていることと、それを組織の中で実行できることは別の話なので、結局そこがマーケティングの成果を左右すると思っています。

橘:たしかにそうですね。我々は、ベストプラクティスを提示することはできるんです。でも、その案が採用されるかどうかは、支援する側だけでは決められません。クライアント側で議論し、決めきれるかどうか。実際には、そこが一番のネックになっていることが多いです。

写真:ビジネス・アーキテクツ橘が話している様子

AI活用で手を動かすコストが下がっても、「社内調整」という根本原因が解消されていなければ意味がない、と。

垣内氏:そうです。社内コミュニケーションが難しいのはいつの時代も変わりませんね。むしろ最近だと、AIがあることで「何か新しいことをやっている感」を出しやすくなった分、そうした「やっている感」に逃げやすくなった面すらあると思います。

社内調整ができないから、本丸の仕事が進められない。それでも、デジタルマーケティングの部署だから何かやらなきゃいけない。すると、最近出てきたツールを入れるとか、AIをとりあえず使うとか、派手な話に飛びつきやすくなりますよね。

橘:ツール導入はわかりやすい成果に見えますからね。でも、それで自分たちの「現在地」を確認できているのかというと、そうではないケースが多い。いま流行っているものが「AI」というだけで、こうした構図自体はずっと続いていると思います。少し前ですが「メタバース」なんかもそんな感じでしたね。

垣内氏:もちろん、AIを社内業務の加速に使うのは、まったく問題ないと思います。調べ物をさせるとか、自分の観点が抜けていないかをチェックさせるとか。そうした使い方は合理的です。ただ、どのモデルが一番良いかとか、プロンプトをどこまで詰めるかみたいな話に没頭している人を見ると、それは仕事ではなく趣味に近いのではないか、とも感じます。

技術は勝手に強くなるし、道具として十分に使いやすくなったタイミングで使えばいい。そこを競技化しても、本質ではないのではないかと思います。

成果が出ない会社ほど、「現在地」を見誤っている

ここまで聞くと、「定石」が広まったこと自体は良い面もありつつ、それを万能な正解だと思ってしまう危うさもありそうですね。

橘:その点はかなり重要です。先ほども言ったように、トップページにコンバージョンのボタンを置くことで、成果が出るケースはあります。

でも、それはあくまで「刈り取れる人を刈り取った」だけで、新しいお客さまにアプローチできているわけではない場合もある。メーカーのように商品点数が多く、お客さまを理解するためのプロセスが複雑な会社では、それだけでは足りないと思います。

垣内氏:実際、私の書いている本は「マーケティング」を名乗っているのに、STP分析(※)など、いわゆる基本的なフレームワークもほとんど扱っていません。理由は単純で、そこまで書き始めると誰も手が動かなくなってしまうからです。定石は万能な教義のようなものではなく、複雑な状況を動かすためのきっかけだと理解していただけると幸いです。

※ STP分析
市場を細分化する「Segmentation」、狙う市場を決める「Targeting」、競合との差別化や立ち位置を明確にする「Positioning」の3つから、販売戦略を考えるためのマーケティングのフレームワーク。

写真:橘(右)とWACUL垣内氏(左)が会話する様子

それでは、いわゆるマーケティングの定石をやっているのに成果が出ない会社は、何を見誤っているのでしょうか。

橘:自分たちの「現在地」をしっかりと見られていないのではないかと思います。いま自分たちが直面している状況が、定石を使う場面なのか、お客さまをもっと深く理解する場面なのか、あるいは社内の合意形成をつくる場面なのか。そこを見極めずに「いろいろ施策をやってみよう」となると、当然成果も出ないはずです。

例えば、コンバージョンフォームへの導線を改善して、問い合わせが増えても、営業がフォローできなければ売上は増えません。それでも、マーケティングチームとしては、数字上のCVRは改善されているので良しとされている、というケースもあると思います。

垣内氏:結局のところ、「いま自社のマーケティングチームでやるべきことは何か」を考えて、それに向かって突き進むだけなんですよね。そして、そのやるべきことが「社内調整」であるパターンが多いという話でもあります。

一方でよくあるのが、社内調整が厄介だからと言って、マーケティング部署だけで完結するような施策をやってしまうのも本末転倒です。具体的に言うと、営業の部署と連携せずに新しいドメインで別サイトを立ち上げる、といったことが起きがちです。

この記事を読んでいる方が「自社のやるべきこと」を考える際、まず、どういった部分を見ていけばよいと思いますか?

橘:とにかく自分たちの「現在地」を知ることから始めてください。ただ、それがわからない場合もあると思うので、そうした際は、BAのような外部の視点を使っていただければと思います。

まずは、いまどの場面にいるのかを理解すること。「施策を増やすこと」より前に「自分たちは何のためにその施策をやるのか」を言語化することから始めましょう。

垣内氏:あとは「お客さまとの距離」ですね。これは後編で細かくお話ししますが、マーケティング部門は、業績を上げるためのセクションです。本来であれば、営業の部署と同じくらいの解像度でお客さまを見る必要がありますが、そこが見えていない場合も多いです。

橘:極端な話ですが、「マーケティング担当として営業に同行する」といった動きをしたことがない人も多いと思います。あなたがマーケティング担当者であるなら、営業担当の先にいるお客さまをちゃんと見えているのか、ということをいま一度確認してみてください。

写真:橘(右)とWACUL垣内氏(左)が会話する様子

まとめ:成果を左右するのは「施策の前」にある構造

前編では、『デジタルマーケティングの定石』『BtoBマーケティングの定石』がどのような問題意識から書かれたのかを起点に、AI時代のデジタルマーケティングで変わったこと/変わらないこと、そして定石を万能な正解として扱うことの危うさについて整理してきました。

AIの普及によって、リサーチやライティング、広告運用の一部は以前よりも取り組みやすくなりました。一方で、成果につながる打ち手を社内で企画し、営業や関係部門と連携しながら進めていく難しさは、今も大きく変わっていません。

定石を実践しているのに成果が出ない背景には、自社がいま何を優先すべき状況なのかを見誤っていることがあります。定石を使って成果を刈り取りにいく局面なのか、まずお客さま理解を深めるべき局面なのか。あるいは、施策以前に社内の意思決定や合意形成がボトルネックになっているのか。こうした「現在地」の確認を飛ばしたまま打ち手だけを増やしても、施策は部分最適にとどまってしまいます。

後編「リード件数を増やすだけで満足してはいけない|垣内勇威さんと考える「成果が出る構造」の話」では、前編で見えてきた課題を踏まえ、組織の中で誰が意思決定を担うべきか、営業とマーケティングはどう連携すべきか、そして外部パートナーはどのように関わることで企業の前進を支えられるのかについて、さらに掘り下げていきます。