5月の第3木曜日はGAAD(Global Accessibility Awareness Day)です。GAADはデジタル分野のアクセシビリティを啓発する日として、2012年にスタートしました。2026年は5月21日(木)にあたり、日本でもGAAD Japan 2026などのオンラインイベントが予定されています。
そこで本記事では、アクセシビリティスペシャリストとして活躍する伊原 力也氏、太田 良典氏の両氏を迎え、Business Architects(ビジネス・アーキテクツ、以下BA)でCDO(Chief Design Officer)を務める森との対談により、Webアクセシビリティの現在地や制作プロセスについて深掘りします。
前編では、Webアクセシビリティについてよくある誤解や、障害者の利用状況に目を向ける重要性などを通じ、企業のアクセシビリティへの取り組みがうまくいかない理由について紐解いていきます。
※本記事でいう「障害者」とは、医学的な診断の有無に限らず、社会の環境や仕組みによって不便や制約を受けるすべての人を指します(障害の社会モデルの考え方に基づいています)。

インタビューを受けた人
![プロフィールアイコン(写真):CDO(Chief Design Officer)、人間中心設計スペシャリスト 森]()
- 森クリエイティブグループ/マネージャー、CDO(Chief Design Officer)、人間中心設計スペシャリスト(ビジネス・アーキテクツ)
2008年、企業の情報コミュニケーション戦略を実現するプロジェクトを中心に、アートディレクター及びリードデザイナーとしてビジネス・アーキテクツに入社。特に日本の製造業のグローバル展開プロジェクトに長年関わっている。現在はデザイン部門の責任者も務める。
重要性は認知されたが、ガイドラインだけが先行している現状
以前に比べ、「アクセシビリティが大事だ」という認識は広まっているように思います。にもかかわらず、アクセシビリティが十分に考慮されていないWebサイトがまだまだ多いのはなぜでしょうか。
伊原氏:たしかに、アクセシビリティという言葉を聞く機会は増えました。JISやWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)という規格があり、それに則る必要があると理解している人も増えたと思います。
一方で、本当の意味での関心や理解は、あまり進んでいない印象です。「ガイドラインで決められているから取り組む」という認識に留まっていて、そもそもアクセシビリティが何のためにあるのか、なぜ向上しないといけないのかまでは、あまり関心をもたれていないと感じています。
太田氏:アクセシビリティを必要とする障害当事者と関わった経験がないことも、理由のひとつとしてあるのではないでしょうか。私や伊原さんは、当事者の知り合いがいますから、アクセシブルではないWebサイトをそういう方が見たり使ったりしたときに、何が起こるのか、どんな反応をするのかを想像できるんです。でもそういうことが世間にまったく伝わっていないんだろうな、と感じます。
伊原氏:そうですね。Web制作に携わっていても、障害者の声を聞く機会がまったくないという人も多いでしょうから。たまにSNSなどにアクセシブルではないWebサイトへの不満を投稿する人がいると、炎上してしまったりもするので、大っぴらに言いにくいということもあるかと思いますが、声を聞く機会がないのはよくないですよね。
太田氏:当事者のことをよく理解しないまま、ガイドラインという「決まり」に沿ってWebサイトが作られている。これが近年のアクセシビリティへの取り組みの実態ではないかと考えています。
発注側も受注側もユーザーを理解していないことが多い
実際に障害者と関わった経験があると、取り組み方や考え方も変わるでしょうか?
伊原氏:そうですね。WCAGなどのガイドラインには「わかりにくい」という声もあるのですが、それだけではなく「実際にアクセシビリティを必要とする障害者の利用状況を知らないから、書かれている意味が理解できない」という面もあると思います。実際に障害者に会うと、アクセシビリティというものがまったく別のものに感じられますから。
太田氏:「あの人が使うならこの機能はこうしたほうが便利だろうな」と、ユーザーの姿が思い浮かぶだけで、制作側の取り組み方も全然変わってきますよね。そもそも、ユーザー不在で物事を進めるのは、アクセシビリティに限らず避けるべきことだと思います。特に、実際にアクセシビリティ上の課題に直面するユーザーの利用状況を知らないままでは、本質的な改善にはつながりません。
伊原氏:せめてスクリーンリーダー(画面読み上げソフト)が何をどう読み上げるのか、色覚特性のある方には色の違いがどのように見えているのか、肢体不自由な方がどうやってマウスを使うのかなどを理解しておくことは大切ですね。
太田氏:つまり「情報を誰に届けたいのかを常に忘れてはいけない」ということなのだと思います。
ただ、プロジェクトの決裁権をもつ上長や、中小企業だと社長だったりするわけですが、そういう人たちはコンテンツの細部まではあまり見ていないことも多いですよね。たとえば、派手な動きがあると喜ぶこともあります。そうなると、届けたい相手ではなく決裁者が喜ぶものへとどんどん寄っていってしまうんです。
そうしたズレを避けるためには、誰に向けた情報なのかを決裁者に対して客観的に説明できるようにしておくことも大事なんだろうと思います。
アクセシビリティは誰が対応するのかが曖昧になりがち
ガイドラインが先行しているという現状を踏まえて、Webアクセシビリティが制作現場でどう扱われているのか、どんなことが起こっているのか。よくある誤解や思い込みについても教えてください。
伊原氏:制作現場においても、アクセシビリティが及ぶ範囲について、あまり理解がされていないように思います。ほとんどの方が、「アクセシビリティチェッカーでNGが出た項目をなおすもの」「コントラストをはっきりさせるもの」といった認識として捉えているのではないでしょうか。何かあったら、HTMLをちょっと書きなおしたり、色味を調整したりすれば解決する、と誤解されているケースが多いと感じます。アクセシビリティが及ぶ範囲を正しく理解していないと、誰もが自分が思いつく最小の範囲で考えてしまうんだと思います。
太田氏:トップページにアクセスした瞬間に、アニメーションが動き続けるようなWebサイトがありますが、動画やアニメーションの自動再生は、アクセシビリティ的には避けるべきものです。しかし、その認識がなされていないと、コンセプト設計の段階で派手に動くということが決まってしまい、実装まで突き進んでしまう。最後になって「これはNGらしい」と気がついても、そこからなおすのは難しい、ということになる。そんな状況を目にすることがありますね。
この場合、問題なのは上流工程で決めたコンセプトそのものです。NGな箇所を最後にちゃちゃっとなおしてどうにかなるレベルではないんですよね。
森:アクセシビリティへの取り組みは「どの段階で誰が対応するのか」ということが議論になりがちですが、プロジェクトに関わる全員の仕事だと思います。それなのに、「誰かがやるんじゃないか」と曖昧なままにされてしまうのも問題です。デザインで決まる部分もあるし、開発の段階で決まる部分もある。だからこそ、どこかで誰かがやるんじゃないか、という曖昧さがあって、抜け落ちるということが起こりやすいと思います。
伊原氏:フロントエンドの人は「デザイナーがなおすもの」だと思い、デザイナーは「フロントエンドがなおすもの」だと思っているケースもありますよね。「デザインサイドの色のコントラストの問題なんでしょ」と思っているエンジニアと、「エンジニアがチェッカーかけておいてよ」と思っているデザイナーがいて、どちらも自分の仕事とは思っていないというのが一番よくない状況ですね。
つまり、制作会社側もアクセシビリティについての理解が浅いことがあるということですね。発注側も、アクセシビリティを意識しておいたほうがいいこと、ガイドラインに則ったほうがいいことまではわかっていても、その先、どう実現するのかまではわかっていない。そういう場合、発注側はどのようにアクセシビリティを担保すればよいのでしょうか。
伊原氏:制作会社側のアクセシビリティに関する理解が浅く、発注側にもアクセシビリティの知見がない場合には、誰も不備に気づくことができないでしょうね。その結果、アクセシビリティを考慮していないWebサイトが世に出てしまうことになります。
発注側と制作側、どちらかがアクセシビリティを理解していれば、発注側が制作側を指導したり、制作側が発注側に提案したり、外部の診断会社にチェックを依頼したりできるでしょう。ただ残念なことに、現在は「どちらもわかっていない」というケースが大半だと思います。結局、不利益を被るのはユーザーです。
太田氏:海外では、アクセシビリティが考慮されておらず不利益を被ったときに、ユーザーから訴えられることがあります。罰金を課されたり、民事訴訟を起こされて損害賠償請求されたりすることがあります。そのため、アクセシビリティを気にする企業は増えつつあり、改善につながっている事例もあります。
日本の場合は、2024年4月1日から障害者差別解消法により民間事業者にも「合理的配慮の提供」が義務化されました。一方で、Webサイトそのものをあらかじめアクセシブルに整備することは、合理的配慮を円滑に行うための「環境の整備」にあたる取り組みと整理されることが多く、努力義務の位置づけとされています。
そのため、アクセシビリティ上の課題があっても改善につながりにくく、結果としてユーザーが「これは使えない」と離脱してしまうケースも少なくないと感じますね。
ここまでのお話を伺って、アクセシビリティは制作に関わる全員の仕事であると認識することが大切であり、上流工程でコンセプトを決めなければならないことがよくわかりました。では、現状制作プロセスにおいて議論に上がることが多いのは、どのタイミングなのでしょうか?
森:そうですね。本来は要件定義の段階で方針を定めるべきなのですが、実際は設計や実装など、具現化される段階でアクセシビリティに関する議論が起きることが一番多いように思います。
伊原氏:アクセシビリティに関する相談かと思いきや、蓋を開けてみるとIA(情報アーキテクチャ)の課題だった、ということも多いですね。アクセシビリティ以前に、そもそも使いにくい設計になっていることもあるわけです。いずれにせよ、本来議論すべきタイミングよりも常に二段階くらい遅いことが多い印象です。
太田氏:こうした問題が起きたときに、いかに上流に遡れる体制が整っているかが大事でしょうね。ただ、発注側の事業会社は一度遡って考えなおすことができますが、受託する立場の制作会社側からすると、制作が進んでしまっている段階でやりなおすのは厳しい場合があるかもしれません。
森:BAの場合、設計の段階から入ることが多いので、そのときにはプロジェクト設計時にしっかりクライアントと議論するようにしているのですが、上流工程は別の会社が入っていて、開発以降をBAが担当する場合に苦労することがあります。とはいえ、何も行動しなければ自分たちの首を絞めることになりますので、制作側からもどんどん声を上げていかねばと思っています。
伊原氏:そうですね。最初の話に戻りますが、やはり「アクセシビリティについては最後に確認するもの」という思い込みがあると、上流工程で議論になりづらいのかもしれませんね。
Webアクセシビリティをどこまで実現すべきか
ここまでのお話を伺って、アクセシビリティは上流で方針を決めておくことが重要だとわかりました。その一方で、実際の現場では予算やスケジュールの制約もあります。対応範囲はどのように見極めればよいのでしょうか。
太田氏:最初のステップとしてはJISが定める適合レベル「A(シングルA)」を目指すのが基本なんですが、実際に試験してみると、だいたいのWebサイトが「A一部準拠」になるんです。それだけ「A」の条件をすべて満たすのは難易度が高い。なので、現場では理想だけを掲げるのではなく、予算やスケジュールの中でどこまで取り組むのかを考えながら進めることになります。
森:そうですね。実際のプロジェクトでは、最初からすべてを満たすのが難しいケースも少なくありません。だからこそ、開発段階でどこまで取り組むのか、運用フェーズでどこを継続的に改善していくのかを切り分けて、段階的に提案することが多いですね。
伊原氏:1つのプロジェクトの中だけで考えて、どこまで取り組むかを決めるのは難しいと思うんです。だからこそ、その案件単体で考えるだけではなく、企業としてどこまでを目指すのか、というスタンスをもっておくことが大事なんじゃないかと思います。
その判断をするときには、同じ業界の企業がどこまで取り組んでいるのかも参考になると思いますし、そのうえで、この先5年くらいを見据えて、どういう段階を踏みながらどこまで目指すのかを考えていく必要があるのだと思います。
太田氏:そうですね。業界によって、求められる水準も変わってきますよね。たとえば金融のように、障害当事者から「使いにくい・使えない」という声が上がりやすい領域では、ほかの業界より取り組みが進んでいるという話も聞きます。
伊原氏:もし海外にも同じような業種業態のサービスがあるなら、そのWebサイトがどうなっているのかを見るのも参考になりますし、総務省も業種ごとのJIS X 8341-3:2016への準拠の対応状況に関するデータ(※)を出しています。そうした情報を判断材料の1つにするとよいのではないでしょうか。
※令和6年 通信利用動向調査報告書 (企業編) .P14(PDF) . 統計調査データ:通信利用動向調査:報告書及び統計表一覧(企業編). 総務省. (参照 2026-05-14)
まとめ:アクセシビリティの出発点は「ユーザー理解」から
前編では、アクセシビリティへの取り組みがうまくいかない背景について、制作現場の実態をもとに整理してきました。
近年、アクセシビリティの重要性は広く認識されるようになりましたが、実務の現場では「ガイドラインに沿って対応するもの」「チェックで担保するもの」といった理解にとどまり、十分に機能していないケースも少なくありません。
その背景には、実際にアクセシビリティを必要とするユーザーの利用状況に触れる機会が少ないこと、そして要件定義や設計といった上流工程で方針が整理されていないままプロジェクトが進んでしまうことがあると伊原氏と太田氏は指摘します。さらに、予算やスケジュールといった制約の中で対応範囲を後追いで調整せざるを得ない状況も、アクセシビリティへの取り組みを難しくしている要因のひとつとして挙げられました。
後編(専門家と語るWebアクセシビリティの現在地【後編】 成功する制作プロセスとは)では、こうした課題を踏まえ、アクセシビリティを制作プロセスの中でどのように実現していくべきか、制作現場でよく議論になるテーマやWeb担当者が知っておきたいポイントなど、実践的な考え方や進め方について掘り下げていきます。


