前編では、編集者の仕事が単なるライティングや校閲ではなく、相手に届くように情報を整理し、構成し、意味づける仕事であることを見てきました。そこには、コミュニケーションを通じて相互理解を深めることや、制作全体を見渡しながら必要なものを整えていく視点がありました。
一方で、紙とデジタル、そしてAIの登場によって、コンテンツを取り巻く環境は大きく変わっています。手段やツールは変わっても、編集の本質は変わりません。大事なのは、ただ「伝える」ことではなく、相手に 「伝わる」形へ整えること。そのために何を残し、何を削ぎ落とし、どう再構成するのかが問われています。
後編では、紙とデジタルの違いやAI時代の情報発信も踏まえながら、「伝える」を「伝わる」に変えていくための編集視点を、さらに掘り下げていきます。

インタビューを受けた人
![プロフィールアイコン(写真):編集長(有限会社モッシュブックス) 佐々木 一成様]()
- 佐々木 一成様編集長(有限会社モッシュブックス)
編集者。いくつかの出版社を経て、2001年、有限会社モッシュブックス設立。企業媒体、単行本等を数多く手がける。世の中がコロナ禍の中、生きのびるブックス株式会社を設立。『人生相談を哲学する』(森岡正博著)、『死ぬまで生きる日記』(土門蘭著)、『Listen.』(山口智子著)など、多数刊行。
![プロフィールアイコン(写真):編集者(有限会社モッシュブックス) 田尻 彩子様]()
- 田尻 彩子様編集者(有限会社モッシュブックス)
出版社勤務を経て、2010年に編集プロダクション・モッシュブックスに入社。 書籍・雑誌・企業広報誌・カタログ・フリーペーパー・Webなど幅広い分野の編集・ライティングを手がける。モッシュブックス内の出版レーベル「生きのびるブックス」にて、『Listen.』(山口智子著)、『スノードーム』(香山哲著)、『しるもの読物』(木村衣有子)の編集を担当。
紙でもデジタルでも編集の本質は変わらない
前編では、編集とは相手に届くように情報を整理し、構成し、意味づける仕事だというお話がありました。では、編集という仕事は、紙とデジタルでは大きく変わるのでしょうか?
田尻:工程としては、そこまで大きな差はないと思っています。ただ、媒体ごとの違いはあります。デジタルではデータ不備などで出し戻しが発生することがありますし、紙では色校があるので、色味の調整がある点は大きな違いですね。
佐々木:色校正は結構大変で、色にシビアな料理本や写真集になると、印刷所の専門のプリンティングディレクターが入って、何度も刷り直しながら調整することもあります。ただ、制約やフォーマットが違うのでアプローチに差はあっても、紙でもデジタルでも、根底にある「編集する」という視点や考え方は変わらないと思います。
田尻:あと、紙は本という「器」ごと作れるところに面白さがあります。Webサイトを全部作り直すとなると、お金も手間もかかりますが、紙は器ごと作るという意味では、実は逆に手軽なメディアだといえる側面もあります。今、若い人たちがZINE(小冊子)を作ったりしているのも、そうした自由さや手軽さがあるからだと思います。
AIが登場した今、なぜ「編集視点」が必要なのか
なるほど。媒体が違っても、相手にどう届けるかを考え、必要な形に整えるという意味では、本質は変わらないんですね。では、その本質は、AIのような新しい技術が登場した今も変わらないのでしょうか。
田尻:私もAIをよく利用しています。文章の要約や資料の整理にはすごく便利です。ただ、アイデアや企画に関わることについては、もちろんプロンプトの書き方にもよるとは思うんですけど、自分が考えたものの少し小さいバージョンと言いますか、自分の発想から大きくはみ出ることがあまりないので、まだまだ限界はあるのかなとも感じています。
また、AIの学習が進んでいけば変わってくるとは思いますが、今はどうしても近い時代の情報を拾ってくる印象がありますね。でも、時には100年、200年単位の視点が必要になることもあります。例えばコロナ禍のときに、ここ20〜30年の日本の情報だけでは足りなくて、100年前のスペイン風邪の話が参考になったように。そう考えると、AIの中で完結する情報は、広いようでいて、実はまだ狭いのでしょうね。
AIは便利だけれど、守備範囲は広いようで狭いということですね。例えば「会社のよさがきちんと出せているか」といった壁打ち相手としては、少し物足りないと感じる部分もありそうですか?
田尻:そうですね。謝罪メールの作成などテンプレートのような実務ではすごく役立ちますし、個人的な悩みに寄り添ってくれる存在でもあると思います。でも、やっぱり企画やアイデアというレベルでは、まだ難しいのかなと思っています。
あと、企画ってダジャレみたいなものだと思っていて。ダジャレって、すでにある言葉と言葉をくっつけて、少しずらす言葉遊びですよね。つまり、言葉の蓄積がすごく大事なんです。だから、ある程度年齢を重ねると知識が増えて、シナプスがつながりやすくなる。いわゆるオヤジギャグって、案外そういうことなんじゃないかと思うんですけどね(笑)。
佐々木:それはうまいこというね(笑)
つまり、AIはまだ「これとこれを掛け合わせると面白い」という感覚が弱い。上位にある薄い情報を無理につないでしまって、違和感が出ることもあるということでしょうか。
田尻:そうかもしれません。だからこそ、例えば、図書館や大型書店のような場所が持つ価値はまだまだ大事なのだと思います。ある目的を持って訪れたとしても、その隣にある情報が目に入る。目的のものだけではない、ある意味で雑な情報に触れられることが、アイデアにはすごく大事なんです。本を買うだけならオンラインの方が便利ですが、企画の種になるのは、むしろそういう偶然の出会いだったりします。
AI相手に一人で壁打ちをしていると、どうしても自分の知っている情報の範囲を超えにくいんですよね。AIにまとめてもらうと、きれいではあるけれど、あまり面白くないところに落ち着いてしまうことがあります。自分が気づいていなかったことにどう気づくか。そのためには、図書館に行ったり、人と話したり、SNSを見たりして、自分の想像を超えたものに触れていくことが大事なんだろうなと思います。
佐々木:大型書店って、一階の企画棚などに力を入れていますよね。AIをはじめ、最近のテクノロジーは効率的でコスパ・タイパ重視なので、最短距離で目的へと容易にたどり着けます。でも一見、非効率でタイパの悪い大型書店や図書館を巡ったりする中で、思いがけず自分を超えたものに不意に遭遇してしまうということがある。ある意味、事故のような形で。それってAIではエラーとみなされる領域ですよね。ただ、アイデアや企画にはそのような遠回りと思える無駄な時間や行動にも大事な部分があるのだと思います。
特に企画の段階では、その「自分の外にある視点」が大事なのかもしれませんね。自分で作ったコンテンツに迷ったときも、AIに聞くより、自分の所属とは違う部署の人や別の事業部の人に見てもらった方が、気づきが得られることもありそうです。
佐々木:そうですね。ただ、社内コミュニケーションって、大きな企業ほど難しいという話はよく聞きます。企業の広報誌を作っていると、広報部以外の事業部がどう混ざり合うか、どう交流できるかを皆さん気にされています。そうやって交流することで会社としての一体感が生まれることもありますし、情報を伝える精度も上がっていく。やはり、いろんな人の目が入るほど、伝える内容の精度は高まっていくんだと思います。
「伝える」で終わらず「伝わる」ために
お話を聞いていると、「伝える」と「伝わる」の違いがとても大事だと感じます。冒頭の佐々木さんのコミュニケーションの話にもつながりますが、「伝える」だけだと一方的で、「伝わる」には相互理解が必要というわけですね。
佐々木:やはり相互理解はすごく大切です。お互いが理解し合えていると確認できないと、コミュニケーションは成立しないと思っています。
編集者は、クライアントの立場にもなりつつ、読み手の立場にもなりつつ、その間を行き来しながら相互理解を図っていくんですね。
佐々木:そうですね。現場監督のように全体を俯瞰する視点も持ちながら、そのバランスを取っていくんだと思います。
でも実際には、「これもあれも伝えたい」と要素が増えてしまうことも多いですよね。その中で削ぎ落としていくのは難しくないですか。
佐々木:大変ですね。関係性ができていれば、かなりバサッと切ることもありますけど(笑)。
田尻:でも、情報は絞った方が伝わりやすいんです。たくさん伝えたいのか、絞って届けたいのか。その取捨選択自体が、伝える側に求められることなんだと思います。一般論ですけど、情報が多すぎると逆に読まれないですよね。
たしかに。プレゼンでも「ワンスライドワンメッセージ」と言いますし、「本当に伝えたいことは何か」を絞ることが大事なんですね。
佐々木:弊社にもたまに持ち込みの原稿や企画が来るんですけど、あれもこれもたくさん盛り込まれていて、いったい何を伝えたいのか、言いたいのかがわからないものは多いですね。あとは最近売れている本に似たような企画になっているというのも多いです。
田尻:持ち込みの原稿や企画を見ていると、誰かに伝えたいという気持ちと、自分が認められたいという気持ちが混ざっていることがあるんですよね。欲望が錯綜すると、内容がわかりにくくなる。それは企業の情報発信でも同じで、担当者の狙いや思いが強く出すぎてしまうということかもしれませんね。
フリーサイズのものが、結局誰にもぴったり合わないのに似ていますね。
そういった場合は、どのように整理していくのがよいのでしょうか。
佐々木:まずは、何をどうしたいのかをいったん全部書き出してみるのはありだと思います。そこから削ぎ落としていくと、自分たちが本当に伝えたいことが見えやすくなるはずです。
田尻:そこに編集者が入ることで、削ぎ落としの作業がしやすくなるんだと思います。先方からは「こういうことを伝えたい」というざっくりした相談が来ることが多いのですが、そこからフォーカスや視点の異なる案を複数出していくと、やり取りの中で言いたいことが少しずつクリアになっていくんです。結局、そこでも大事なのはコミュニケーションなんですよね。
佐々木:何でも盛り込みたくなるのは、みんなそうなんです。でも、「伝える」ためにこそ、あえて削ぎ落としていく必要がある。そこに編集の役割があるんだと思います。
田尻:先方に寄り添いながら、まだ気づけていない価値を見いだしていくことも含めて、「伝える」から「伝わる」への地道な翻訳作業こそが、編集者の仕事だといえるでしょうね。
まとめ:どうすれば相手に「伝わる」のか
本対談を通して明らかになったのは、編集とは単に「伝える」ことではなく、「伝わる」状態を設計する仕事だということです。相手に届くように情報を整理し、構成し、意味づける。必要に応じて、発信する側の意図と受け取る側の理解のあいだにあるズレを見つけ、その橋渡しをしていく。そうした働きまで含めて、編集という役割が成り立っています。
そのために必要なのは、情報をただ盛り込むことではありません。あえて削ぎ落とし、何を残し、何を伝えないかを見極めながら、受け手の立場や理解に合わせて再構成していくことです。紙でもデジタルでも、その本質は変わりません。手段や見せ方に違いはあっても、「どうすれば相手に届くか」を考え抜くという点で、編集の役割は一貫しています。
また、AIやテクノロジーが発達した今だからこそ、編集的な思考の重要性はむしろ増しています。効率よく答えにたどり着くことはできても、そこにまだ言葉になっていない価値や、思いがけない視点との出会いまで含めて拾えるとは限らないからです。人と話すこと、別の立場の視点を入れること、偶然の情報に触れること。そうした一見遠回りに見えるプロセスの中でこそ、「伝える」から「伝わる」への変換に必要な気づきが生まれます。
編集とは、コミュニケーションであり、ディレクションであり、翻訳でもある。
その視点は、出版やコンテンツ制作に限らず、広報、マーケティング、営業資料、社内発信など、あらゆる「伝える」仕事に通じています。相手に届くコンテンツを作るために、何を残し、何を削ぎ落とし、どう整えるのか。そこにこそ、これからの情報発信に必要なヒントがあるように思えます。
- 前編
- 後編(本記事)
- 「伝える」から「伝わる」へ~編集視点がつむぐコンテンツの価値~



